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大阪再生の処方箋  −キーマンに聞く−


 南北は長堀川(現在は長堀通り)から中之島土佐堀川までの二・一キロ、東西は東横堀川から西横堀川(現在は阪神高速)までの一・一キロ。いわゆる船場は、広さにして約二百三十ヘクタールの区域を指す。商業・文化ともに歴史的都心として栄えた大阪の中心部だが、近年は主要産業の繊維問屋が苦境にあり、大阪衰退の象徴として語られることが多くなった。地域の人たちと大学との連携で、船場の活性化に取り組む大阪市立大の橋爪紳也助教授に、街の再生について取材した。


大阪市立大大学院文学研究科
アジア都市文化学専攻助教授
橋爪 紳也



船場活性へ大学と連携

面白い拠点作り都市再生

2006/05/03

船場のオフィスで地域に入り込んで街の活性化に取り組む橋爪紳也・大阪市立大助教授
 −街の衰退の要因は。

 「町工場や問屋が郊外に出て行き、都心に住む人が少なくなった。仕事はあるけれど、人が住まなくなり、人が街に責任を持たなくなった。大学も郊外にある」

 −街を再生するには。

 「魅力を再生すること。一つは再開発。これは土地がまとまらなければ無理。もう一つは小さくてもいいから、面白い拠点を街中に点在させること。アメリカ村や南船場、南堀江のように五年、十年すればがらっと変わる。大資本で一新するよりも、個性的な面白い拠点をたくさん作れば、新しい人を(街の中に)呼び込める。地域からの都市再生」

 −例えば。

 「三休橋筋は、北浜周辺に近代建築が残っている。近代建築を転用したレストランやオフィスがあり、回遊してもらうにも魅力的だ。タイ、インド、日本の民族音楽を交流させて新しい音楽を作ろうという動きもある」

 −船場での地域の人たちの取り組みは。

 「まちづくりのプラットフォームとして、『せんば元気の会』ができた。これまでも、さまざまな地域グループが活動していたが、横の連携がなかったので、ネットワークする場として立ち上げられた。『せんばGENKIまつり』や『船場フォーラム』を実施してきた。大学との連携についても事務局の役割を果たしている」

 −なぜ、大学との連携なのですか。

 「船場を研究する学生たちはたくさんいたが、学術的なものにとどまっており、地域の人たちには伝わっていなかった。複数の大学、複数のゼミが地域の人といっしょになって船場のことを考える場として『船場研究体』が生まれた」

 −具体的には何をするのですか。

 「地域資源の調査をしたり、研究成果・地域活動グループの記録をデータとして蓄積したりしている。ストックしたデータを船場のことを知りたいと思った人に見てもらい、活用してもらえれば。現在は大阪大、大阪市立大、成安造形大が参画し、地域活性化の提言も行っているが、どの大学が入ってもかまわない。大学生だけでなく、アーティストなど異質な人たちと交流することで、地域が変わるきっかけとなる」


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