大阪シンフォニカー交響楽団は4月1日付で、楽団名を「大阪交響楽団」に変更することになった。昨年度の第64回文化庁芸術祭の大賞受賞を支えに、創立30周年の区切りの年を新たな名称で迎える。「名前負けしないように頑張っていきたい」(敷島鐵雄楽団長)と決意新たにしている。
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| 音楽監督・首席指揮者の児玉宏氏 |
1980年、敷島博子氏(現楽団代表)が「聴く者も、演奏する者も満足できる音楽を!」をモットーに2管編成のオーケストラを創設。当時は「大阪シンフォニカー」の名称だったが、「オーケストラ団体だと認識されにくく、“カー”が付いているだけに車屋さんに間違えられたりする」と2001年から後ろに交響楽団を付けた。
しかし、「シンフォニカー」はドイツ語で「交響楽団」の意。「−交響楽団交響楽団」という変な名称を改める機を狙っていた。「大阪交響楽団」は「大阪にあってもいい名前だと思い、以前商標登録していた。このエースのカードをいつ使おうかと思っていた」と敷島鐵雄楽団長。その機がようやく訪れ、さらなる飛躍を誓っての改名となった。
08年4月から児玉宏氏が音楽監督・首席指揮者に就任。正指揮者の寺岡清高氏、首席客演指揮者のキンボー・イシイ=エトウ氏と共に、年10回の定期演奏会や年5回(10公演)の名曲コンサート、特別演奏会、東京公演などの演奏活動を展開する。
支援組織である大阪シンフォニカー協会は1988年設立。大和ハウス工業代表取締役会長の樋口武男氏が理事長を務め、131社422口(1口10万円)の法人会員らの支援の元で運営している。
主な助成は文化庁芸術創造活動重点支援事業の助成で、2009年度は4450万円。しかし、国の事業仕分けによって同事業が3年で半分まで縮減することが決まっている。他のオーケストラ同様、厳しい財政状況にある。
そんな中でも、独自色を打ち出した積極的な演奏プログラムで注目を集めている。児玉氏は就任以来、演奏会や録音などで知られざる名曲の紹介に力を入れている。
選曲する際に基になっている考えは、長年ドイツに住む児玉氏自身が「日本を離れた日本人という視点で見たときに、日本の音楽文化のために一番いいんじゃないかなという提言、きっかけになる」かどうかだ。
何の曲をどんな形でやるかというのがオーケストラの社会に示す“名刺”といい、「大阪発信、大阪の意地っ張りというんですかね。乱暴な言い方だけど、そういうことをちゃんと大事にするのがシンフォニカー」と信頼を寄せる。その先頭に立ってメンバーの士気をさらに高めている。
9月28日の創立記念日には「英雄たちの軌跡」と題してR・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」などを演奏する。ソリストにはソプラノの佐藤しのぶ氏を迎える。「お祭りという位置付け。今まで30年間楽団を支えてくださった人たちへのお礼を形にする」と児玉氏がタクトを握る。
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