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はけで一気、雄大富士 「銭湯壁画」の制作公開

2017年11月9日

 銭湯の壁をキャンバスに、ペンキを使って短時間で一気に描き上げる「富士山」の公開制作が大阪市内であった。全国に4人しかいないという“背景画師”の一人、中島盛夫さん(72)=東京都=が2時間足らずで仕上げた。湯船に漬かって眺める銭湯の“シンボル”。制作過程を公開するケースは珍しく、主催者は「富士山は日本人の心の中にあるもの。庶民文化の大事なものを残したい」と市民の心に訴え掛けている。

自作の富士山を前に笑顔を見せる中島さん=大阪市東住吉区のみどり温泉

 1965年創業の「みどり温泉」(東住吉区)には、かつて富士山の絵を焼き付けたタイル画があったが、85年頃、設備を新装する際に「古臭い」と撤去した。しかし14年前、3代目店長に就いたばかりの西村善博さん(45)が“復活”を決意。通常は定休日や営業時間外に描き替える工程を「お客さんにも見てほしい」と一般公開を企画した。

■身震いする

 大小の浴槽が、腰掛けて見詰める住民で埋まった10月下旬。男湯では、2畳半ほどの壁に描かれた赤富士が6年ぶりに模様替えし、山頂に雪がかった雄大な富士へと変貌した。

 季節は新緑のころ。高峰をバックに、自身が生まれ育った村の清流や松林を描き入れ、架空の情景を描き上げた。川の流れが浴槽へ注ぎ込むようなイメージだ。

 全景を眺めた中島さんは「画面に富士山の占める割合がうまくいった」と“自画自賛”。常連客の一人で、近くの自営業、松井邦宏さん(58)は「太いはけで繊細に描いていくのがすごい。真正面から頂上の雪の影を見ると身震いした」と感激していた。

■お礼として

 日本銭湯文化協会の町田忍理事によると、背景画の発祥は東京で、当時は銭湯を専門に扱う広告代理店もあった。浴場内の広告看板に対し、背景画を年に1回「お礼」として描く形態が受け、大正期に一気に広まったという。

 かつては代理店に所属した中島さんは64年以来、絵師として1万5千枚の背景画を描き上げてきた第一人者。古希を迎えた今も「あと10年は頑張る」と意欲を燃やす。

■交流拠点に

 生活の一部として欠かせなかった銭湯も、近年は減少の一途。府公衆浴場組合によると、ピークの68年に2358軒あった府内の銭湯は、半世紀で5分の1程度に減った。内風呂やシャワーの普及、少子化による利用客の減少に後継者不足、燃料費の高騰も追い打ちをかける。

 その中で、地域住民の交流拠点づくりに経営者らは奮闘する。西村さんも顔見知りの常連客には「それぞれの体調にも注意しながら対応している」と気配りを欠かさない。

 図案は「お任せ」だったが、「うまく収まってよかった」と胸をなで下ろした西村さん。浴場にペンキ絵が描かれた銭湯は数軒ほどで、関西でのなじみは薄いが「お客さんに身も心も癒やしてもらえたら最高ですね」と、サービス向上につながることに期待を寄せる。