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助けを求める声 電話相談「過労死110番」30年

2018年4月16日

 長時間労働などの相談を弁護士が電話で受け付ける「過労死110番」が大阪で始まってから今年で30年を迎えた。全国に広がり、昨年は32都道府県で実施された。過労死や過労自殺は後を絶たず、支援を行う大阪過労死問題連絡会(大阪市)は過重労働やハラスメントに警鐘を鳴らし、苦しむ当事者や家族に相談を呼び掛けている。

亡くなった夫の悟さんのことを語る平岡さん(左)と、寺西さん=12日夜、大阪市中央区

■会社に殺された

 「(夫が)救急車で運ばれたときはもう遅くて、心不全と言われたが、そうじゃない、会社に殺された」。12日夜、大阪市内で開かれた30周年を記念するシンポジウムで、平岡チエ子さん(75)は絞り出すように話した。30年前の2月、夫の悟さん(当時48歳)は仕事から帰宅後、急性心不全で亡くなった。大手企業の工場に勤め、30人の部下を持っていた。亡くなるまでの51日間は連続勤務の日々だった。

 チエ子さんは「過労死110番」を知り、開設までの日を「指折り数えた」。労災認定され、さらに企業の責任を追及する民事訴訟で和解。「(当時は)生涯の戦いを覚悟した」とし、「昨年、叔父の古里で『夫の過労死を大阪で頑張った』と報告できた。夫の残した宿題が終わった」と話した。

 「死ぬほどの悩みがあったならなんで言ってくれなかったのか。夫を責め、自分を責めた」。全国過労死を考える家族の会代表の寺西笑子(えみこ)さん(69)は22年前の2月に夫の彰さん(当時49歳)を亡くした。飲食店チェーンの店長として長時間労働が続き、自宅近くの団地から飛び降り、命を絶った。苦労の末に労災認定され、会社とも和解が成立。しかし「遺族は生きている限り『なぜ救えなかったのか』と辛い日々を過ごす」と語った。

■大阪から全国へ

 過労死110番は1988年4月に大阪で始まった。当時、労災認定は「ラクダが針の穴を通るくらい難しい」と言われていた。過労死110番は大きな反響があり、同会初代事務局長で過労死弁護団全国連絡会議の松丸正代表幹事は「大阪だけにとどめちゃいかんと全国に呼び掛けた」と振り返る。毎年6月の全国一斉相談がスタート。同会議によると、88年〜2017年までに約1万2千件の相談が寄せられた。

 「脳溢血(いっけつ)で倒れ、療養した。労災認定され復帰したが、人手不足で仕事量が多く、再発が不安」「残業とパワハラでうつ病になり、休職中。労基署も組合も会社も消極的で動いてくれない」など、助けを求める声が全国から寄せられた。

 厚生労働省によると、2016年度の過労死者数は107人で、精神疾患による未遂を含む過労自殺は84人だった。

 シンポジウムで、息子を過労自殺で亡くした父親(71)は「息子は会社に『倒れそうです』と訴えた1週間後に命を絶った。子どもを失うことは親にとって人生を失うことだ。過労死する人は社会や会社、家族、自分の誇りのために懸命に働く人ばかり。頑張る人間が死んでしまうのは本当に許せない」。

 同連絡会の無料電話相談は平日の午前9時半〜午後5時半と第1、3土曜の午前9時半〜午後0時半。電話は06(6364)7272。