関西あの人この人

マイノリティーを支える

阪大院生
岡野翔太さん
2017年3月22日
「二つの名前を出すと自分が出せる」と話す岡野さん

 「自分は一体、何者?岡野翔太(しょうた)、葉(よう)翔太の二つの名前を出すと自分が出せるんです」

 台湾人の父、日本人の母を持つ岡野さんは神戸で生まれ育った“神戸っ子”。小・中学校は神戸の中華同文学校に進学。同校は中国系の学校だが、教育面では思想教育がなく、政治的には中庸であるとされる。

 それでも「学校では中国人でも日本人でもない、在日台湾人としてのさまよいがあった」という。

 その後は、私立の進学校、須磨学園高校で学び、大学は関西学院、大阪大大学院へ進み、現在は近現代中国、台湾、華僑華人の研究を行っている。

 小学校4年のとき、父の故郷、台湾に行った。「そのとき、高級車に台湾の旗(青天白日旗)がついていた。無性にその旗が欲しくなり、もらったんです。その旗が私にとっての台湾であり、今でも私の宝物です」と笑顔をみせる。

 在日台湾人としての岡野さんの立場は複雑だ。中国は「台湾は自国内である(いわゆる『一つの中国』)」と主張し、1972年、田中角栄内閣が日中国交正常化を果たしたことで一時、日台国交は断絶した。現在の日台関係は日華関係議員懇談会(日華懇)が発足し非公式で実務交流が続いている。

 そんな複雑な国際環境の中でも、「台湾は僕の故郷。おじいちゃんの墓参りをすると自分のルーツを実感した。台湾の童謡を聞くと遠い故郷を感じる。ちゃんと台湾の勉強をして向き合わなければならない」

 こんな熱い思いが結実したのがアジア遊学シリーズ「交錯する台湾認識 見え隠れする『国家』と『人びと』」(勉誠出版)の出版だった。台湾研究者ら20人が著し、岡野さんは編・著を担当し、自身も「華僑・台僑をめぐる歴史的位相−台湾『天然独』の抬頭(たいとう)に至るまで」をリポートしている。

 「私は日本と台湾のハーフ。私のようなマイノリティーの人たちが国際社会でも理解していただき、活躍できるように研究者の立場からお手伝いしたい」(大山勝男)