歩く

 人は言った。「歩くことは生きる喜び」。歩くことでさまざまな地域の魅力を肌で感じ、吹き抜ける風には季節の移ろいも実感することができるウオーキング。健康志向の高まりに無関心を決め込んできたアラフォー記者が、関西のあちらこちらを訪ねて生きる力を取り戻す。

「みなみかわち歴史ウォーク」 瀧谷不動明王寺から観心寺へ

2018年8月16日

楠木正成ゆかりの地を巡る

観心寺山門近くにある楠木正成銅像
正成も崇敬したとされる瀧谷不動明王寺

 鎌倉幕府を倒し、天皇中心の親政である「建武の中興」の立役者となった楠木正成(くすのきまさしげ)。河内長野や千早赤阪など南河内には、“楠公(なんこう)さん”と親しまれる武将ゆかりの史跡があちこちに残っている。その足跡を訪ね、地元の観光協議会がコース設定した「みなみかわち歴史ウォーク」のルートをたどってみた。

 蝉時雨(せみしぐれ)が耳を突く7月下旬。滴る汗をハンカチでぬぐいながら約10キロの行程を進んだ。金剛山や和泉山脈を望む起伏のある道のりは、なかなかに険しい。

■歴史の重み

 後(ご)醍醐(だいご)天皇を奉じて親政に大きく貢献しながら、後に湊川(現在の神戸市)で壮絶に討ち死にした悲劇の武将。楠木正成が幼少時に学んだと伝わるのが観心寺だ。

 同寺によると、701年に役行者(えんのぎょうじゃ)により開創された古刹(こさつ)。平安時代に彫刻されたという国宝の秘仏・如意輪観音像や、南北朝時代に後醍醐天皇が正成を奉行として造営した金堂も、府内最古級の国宝建造物である。

 境内には、重要文化財の楠公建掛塔や鎮守堂のほか、正成首塚などがある。長い歴史を刻む一帯をぐるりと散策し、境内では永島龍弘(りゅうこう)名誉住職が快く迎えてくれた。

■大河ドラマに

 正成の生涯には諸説あるが、地元にはほかにも正成が戦勝祈願した天野山金剛寺や、崇敬したとされる瀧谷不動明王寺、夫人が夫と子の菩提(ぼだい)を弔ったという楠妣庵(なんぴあん)観音寺をはじめ、居城跡や産湯に使ったと伝わる井戸も残っている。

 地元では、正成と正行(まさつら)親子をモチーフにしたストーリーを、NHKの大河ドラマに取り上げてもらう活動も広がっている。ゆかりの3府県の自治体がスクラムを組み、河内長野市の島田智明市長をトップとする誘致協議会を発足させるなど機運醸成を図る。

 楠妣庵観音寺には、室町時代に著された軍記物にならい、「太平記の里」という看板も掛かる。正成という歴史的人物の価値を見直し、一度「歴史ウオーク」を楽しんでみてはどうだろうか。

 ◆コース 近鉄滝谷不動駅―春日神社―瀧谷不動明王寺―中佐備天満宮―中佐備公園―楠妣庵観音寺―観心寺―長野公園奥河内楠公の里―笠松稲荷―南海三日市町駅(全長約10キロ)