歩く

 人は言った。「歩くことは生きる喜び」。歩くことでさまざまな地域の魅力を肌で感じ、吹き抜ける風には季節の移ろいも実感することができるウオーキング。健康志向の高まりに無関心を決め込んできたアラフォー記者が、関西のあちらこちらを訪ねて生きる力を取り戻す。

環濠の自由都市“堺”を訪ねる

2018年10月18日

今も残る鉄砲鍛冶屋敷 偉人の足跡伝える石碑

大和川沿いを歩く参加者の皆さん
市内各地に今も残る環濠

 中世には海外貿易が盛んに行われ、東洋のベニスと呼ばれた自由都市、堺。豪商が町の周囲に巡らせた堀「環濠(かんごう)」や鉄砲鍛冶屋敷が残り、千利休や与謝野晶子、河口慧海(えかい)ら偉人が育った足跡を今に伝えている。大阪府レクリエーション協会のウオーキングイベント「歩育」に参加し、歴史散策を楽しんだ。

 「楽しく、てくてく歩きましょう」−。週間天気予報を見事に覆した秋晴れの空の下、リーダー西田茂美さん(65)の元気な号令でJR浅香駅を出発。涼しげな風を受けて大和川沿いを西に向かった。

■鉄砲の生産地

 大和橋から南に入り、この日最初の歴史スポットは、南海本線「七道」駅。鉄砲伝来は室町時代の1543(天文12)年、種子島だが、それを持ち帰り日本でも有数の生産地となったのが堺。駅南西に広がる北旅籠町西にはかつて鉄砲鍛冶が集まり、鉄砲の試射場があったと石碑が示す。

 また、単独でヒマラヤを越えチベットに渡った仏教学者の河口慧海がこの地の出身で、銅像が観光客らを出迎える。駅周辺には今も水をたたえる環濠や、江戸時代前期に建てられた鉄砲鍛冶屋敷など見どころは多い。

■与謝野晶子の歌碑各地に

 堺刃物ミュージアムなどが並ぶ大通りに出ると、堺出身の歌人、与謝野晶子の生家跡、その先には千利休屋敷跡の碑がある。

 「与謝野晶子は菓子商駿河屋の三女として生まれ、生家の敷地はこの通りの上にあった」と解説するのは、おおさか歩育の会幹事長の畑中一一さん(81)。晶子の歌碑は大和川沿いや寺の境内など市内各地にあるが、ここのものが最初で、没後20年の1961(昭和36)年に立ったという。

 「海こひし潮の遠鳴りかぞへつつ少女(をとめ)となりし父母(ちちはは)の家」−。今は自動車が行き交う通りを見つめ、声に出して読めば少女の姿が目に浮かぶようだ。

 町歩きが趣味という寝屋川市の石田雅範さん(69)は「一人で行くと見逃しが多いし、勉強になる」と話していた。

 ◆コース JR浅香駅−鉄砲鍛冶射的場跡碑−河口慧海記念碑−鉄砲鍛冶屋敷−西本願寺堺別院−堺刃物ミュージアム−ザビエル公園−与謝野晶子生家碑−千利休屋敷跡−南宗寺−仁徳天皇陵−JR百舌鳥駅(全長約10キロ)


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