金井啓子の現代進行形

災害情報をどんな人にも届ける

2016年11月24日

ひらがなや英語でおもてなし

 まだソ連のもとにあったモスクワを私が訪れたのは1980年代の終盤だった。閉じられた国というイメージがまだまだ強かったかの地を訪れた20代前半の私は、冒険心がいつになく旺盛になっていたのだろうか。夜になって同行の友人たちとホテルを抜け出して、特に行くあてもなく地下鉄に乗ってみた。そろそろ降りようとして車内にある路線図を見るが、表記はキリル文字のみ。私はもちろんのこと、一緒にいた友人たちも誰もロシア語がわからない。自分たちがどの駅から乗ったのか、今どこにいるのか、どの駅で降りれば何があるのか、よくわからないあの心細さは30年近くたった今も鮮明に覚えている。

 外国にいて言葉がわからない、文字が読めない時の心もとなさは、そういった平時よりも災害時には大幅に増すだろう。そんなことを考えたのは、今週22日に福島県沖で発生した地震の影響で出た津波警報を報じるテレビ番組を見ていた時だった。

 地震が発生してまもなくまずNHKを見て驚いた。画面の中央に赤い大きな字で「すぐにげて!」とひらがなで書かれていたのだ。その後も「つなみ!にげて!」に変化したり、ふりがなのついた「津波!避難!」に切り替わったりしていた。また、それよりは小さい文字だが、「TSUNAMI」と赤い文字で示し、情報がサブチャンネルやラジオで得られることも英語で表示してあった。

 民放テレビ局はどうなのだろうとチャンネルをかえてみると、確かに地震と津波について報じている局がほとんどだった。だが、ある局はふりがなつきの「津波観測」の下に「いますぐにげて」と示されていたが、別の局はふりがなナシで「津波!にげろ!」、さらにまた別の局は「今すぐ避難を」(「避難」にふりがな)という状況だった。もうひとつの局は特に目立った表示はされていなかった。

 今回の状況を見ると、いざという時に情報を受け取る力が弱い、いわゆる情報弱者への対応は、NHKが群を抜いていたと言えるだろう。民放にはもう少し頑張ってほしいと思う。だが、それでも、これまでの被災経験を経て積み上げてきたものがこうして生かされているとも見ることができる。

 日本を訪れる外国人の数は、1月から10月までの累計で2011万3千人。年末まであと2カ月残しているにもかかわらず、過去最多を記録した去年1年間の1974万人を上回った。伸びは緩やかになりつつあるとはいえ、多くの外国人が訪れる状況がすぐに変化するとは思えない。

 当たり前のことだが災害はいつ襲ってくるか予測不能である。自国を離れた観光客たちは高揚感と緊張感をあわせ持ちながらわが国を訪れてくれている。そんな彼らに心細い思いをさせないことこそが、日本人の多くがこだわる「おもてなし」の第一歩ではないだろうか。

 (近畿大学総合社会学部准教授)