金井啓子の現代進行形

現地で見たトランプ政権誕生

2017年1月26日

賛成派・反対派の意外な姿

 私はほとんど人前で泣いたことがない。特に、仕事では絶対に泣かないと決めている。だが、そんなこだわりが破られたのは先週20日、ワシントンDCでのことだった。私がいたのはナショナルモールと呼ばれる広大な公園である。公園の各所に大きなスクリーンが置かれ、数百メートル先に見える連邦議会議事堂で行われたトランプ大統領誕生の瞬間を、その場に集まった賛成派、反対派の人々とともに生中継で見守った。

 これだけ議論を巻き起こしているトランプ大統領が就任する場所に近づくことに、興奮だけでなく実は恐怖も感じていた。支持者と反対派の衝突に巻き込まれたら怖いという気持ちである。当日は自分の主張を大きく書いたプラカードを掲げている人たちをたくさん見た。賛成派と反対派が言い争いをしている場面にも遭遇した。だが、私の見た限りそれはごくわずかで、暴力に発展することもなかった。

 そんな時に目に入ったのが「私はイスラム教徒です。何でも尋ねてください」と書かれたプラカードを掲げた20歳前後の男性2人だった。1人は米国で生まれ育ち、もう1人はパキスタン出身だという。「なぜここに来たのか」と聞くと、「大統領選挙が進むうちにイスラム教徒は憎しみを持っている人たちというイメージが強くなった。イスラム教徒は平和と愛を大切にしている。それを知ってほしくて来た」と答えた。

 彼らと話していると、トランプ氏への支持を示すバッジや帽子を身に着けた40〜50代の白人男女2人が近づいてきた。どんな罵声が飛び出すのか、暴力沙汰かと、思わず身構えた。だが、次の瞬間耳を疑った。青年たちに「きょうはここに来てくれてありがとう」と声を掛け、握手をしたのだ。それまで話を聞きながら一緒にいた友人の日本人記者に通訳をしていた私は声が出なくなり涙がこぼれた。

 気分を落ち着けてから、私には予想外だった行動の理由をその男女に尋ねると、「トランプ支持者はイスラム教徒に批判的だとマスコミは言うけれど、みんながそうというわけではないということを知ってほしかった」と答えた。フロリダから連れてきた子どもたち2人にもその様子を見せたかったのだという。

 夜になって郊外の友人宅に戻ってテレビを見ると、ワシントンの街でビルのガラスが割られる事態もあったと報じられていた。同じ街を歩き回っていても目に見えるものが全く違う。

 今回の旅で新大統領誕生を取り巻くすべてを私が見られたとは思っていないし、“分断”された国の新政権誕生後の行く末も全く楽観していない。だが、自分の目で見たことも事実の一つであるし、大切にしたい。仕事中に泣いたことはやはり恥ずかしいことだったと思っている。それでも、現場で予想外のものを見なければ、そんな予想外の自分にも出会わなかっただろう。

 (近畿大学総合社会学部准教授)