金井啓子の現代進行形

米国で見た権利守る大切さ

2017年2月2日

子どもたちに政治を教える

 トランプ米大統領が就任してまだたったの2週間。それなのに、次々と出される大統領令や、彼の発言やツイッターでの書き込み、政権内の人事の揺れなど、あまりに強烈な出来事が多すぎて、私が就任式当日に自分の目で見たはずのワシントンDCの光景が既にはるか遠い昔のことのように思えてくる。

 だが、あるひとりの男性のことは今もはっきりと覚えている。白いタートルネックセーターに真っ赤なパーカーを羽織り真っ白なヒゲを豊かにたくわえた彼はおそらく60代だろうか。あと少しで連邦議会議事堂で就任式が始まろうとしている時に、白亜のドームを遠くに望む大きな公園で出会った。「私の大統領ではない」と書かれたプラカードを掲げた彼になぜ新政権に反対するのか尋ねると、総投票数ではクリントン候補が上回ったにもかかわらず選挙人団制度のためにトランプ氏が当選したのは「不公平でありおかしい」からだと答えた。

 彼以外にもプラカードを持っている人たちは数多くいた。その主張は、中絶の権利を求める、女性差別に反対する、移民や難民を歓迎したい、トランプ氏とロシアとの不透明な関係を解明すべき、トランプ氏の税をめぐる情報公開を求める…などさまざま。恥ずかしながら私はこういった抗議活動に関する米国のルールをあまりよく知らなかった。だからその男性に「こういうプラカードを持って抗議活動をする時は誰かに許可を取るのですか」と尋ねた。すると彼は「そんな必要はない。憲法修正第1条があるのだから」と即答した。修正第1条とは、言論の自由や集会の権利、政府に請願する権利を定めたものである。失礼ながら私の目に「ごく普通のおじいさん」にしか見えなかった彼の口から即座に憲法の話が出て来るとは予想もしていなかった。

 ただし、彼は続いて、「15分たってトランプ氏が大統領に就任したら、このプラカードは下ろすんだ。あとはどんな大統領になるか見守るだけだ」と言った。いくら自分が就任に反対している大統領ではあっても、今の米国で定められた方法にのっとって選ばれた大統領であれば、彼に投票した人々の意思と権利を尊重するということなのだろう。

 あの日あの公園にいた人たちは、その男性のように年齢が高い人だけでなく、かなり年齢層が幅広かった。高校生や大学生らしい集団をいくつも見かけた。帰国してから教え子たちにその話をすると、若者が政治に強い興味を持っていることに驚く声があがった。日本と違って直接選挙だからという見方もできなくない。だが、米国の小学校ではかなり小さい頃から学校で政治について、自分と他人が持つ権利についてしっかり学ばせていることも大きいようだ。

 日本国憲法第21条には「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と書かれている。あの男性との出会いは、私に与えられた権利を自分自身がどれだけ認識しているのだろうと振り返るきっかけとなった。

 (近畿大学総合社会学部准教授)