金井啓子の現代進行形

就職戦線異常あり!?

2017年4月27日

今こそ働き方を変えられるか

 「ブラック企業でさえなければどんな会社でもいい」「定時で退社したい」「休みをきちんと取れるのかがポイント」等々、学生たちから漏れる本音を私は耳にすることが多い。ここまで欲求に率直ではない学生でも「休みとか給料に関する質問をし過ぎるのは、企業の人に悪い印象を与えてしまうのでしょうか」と私に尋ねたりする。

 私の周りの4年生は既に就職活動で忙しく、卒業に不可欠な単位を取る授業にもほとんど出席できていない学生もいる。現在の4年生の就職活動に関しては、日本経済団体連合会が「2018年入社対象の採用選考に関する指針」に示したように、企業側の広報活動は今年の3月1日以降、選考活動は6月1日以降と申し合わせている。

 その理由として経団連は「学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保する」ことを挙げている。だが、選考をしていないはずのこの時期ですら、明らかに採用を目的とした面接などが行われているし、かなり大きな企業が「内々定」を出したことも聞いた。それは、抜け駆けするその企業が悪いというよりも、いつまでもこんなバカげた申し合わせをしていることに問題があるのだろう。

 暴論かもしれないが、卒業直後の大学生を採用したい企業は、学生が大学に入学した時からずっと何らかの形で接触を図って、どんな時期でもいいから「内々定」や「内定」を出せばよいのに、と個人的には思い続けている。

 さて、つい熱が入ってしまったが、今回のコラムで主に伝えたいのはこれではなかったことを思い出した。就活生が実際に入社してからの話を書くつもりだったのだ。

 今まで雇ってきた滅私奉公的な労働者とかなり違い、「休むことやラクをすることばかり考えるイマドキの若者」を迎える企業の側には戸惑いもあるだろう。時にはその戸惑いや怒りが言葉となって若者たちに投げつけられている。ことに「ゆとり教育を受けた人はやっぱりダメだ」という言葉は、多くの若い人たちの心を深く傷つけ、上の世代との溝を深めていることを、何度も見聞きしてきた。

 今まで当たり前だったことをこれからも続ける。それが「良い伝統」であればそうあるべきだ。だが、長時間働いて、時には心身をすり減らして体調を崩し、悪くすると病気で亡くなったり自ら死を選ぶ人たちが少なからず出ているような「あしき伝統」には区切りをつけなければならない。「自分が苦しんだものは後輩たちにも味わってもらわないと気が済まない」という悪循環を断ち切る時なのだ。

 あす28日はプレミアムフライデー。先月は年度末の最終日にあたってそれどころではなかった人も多かったかも知れない。今回は大型連休開始日の前夜ということもあって、享受できる人が多少は増えるだろうか。私は、記者をしている古い友人たちと梅田で飲む予定を立てている。

 (近畿大学総合社会学部教授)