金井啓子の現代進行形

冷やし中華で思い出す父

2017年5月18日

受け継がれる食べ物の味

 5月も後半に入ると日差しがじりじりと肌を刺すような感触を覚える。湿度が上がってムシムシし始めると、いよいよ夏が近づいていると感じることが増える。だからと言っては単純過ぎるかも知れないが、私がそろそろ食べたくてたまらなくなる食べ物の代表格が冷やし中華だ。

 私の父は料理が好きな人だった。自動車メーカーの会社員だった頃は、同僚と飲み屋で口にしておいしかったものを週末になると母と弟と私のために再現して食べさせてくれた。退職して時間が増えると台所に立つ回数が増え、その習慣は6年前に亡くなる直前まで続いた。

 母も料理が好きな人で、遠く離れた大阪に住む私が東京の実家に帰ると、今でも腕をふるってくれる。だが、父には父にしか作れないと自ら豪語するメニューがあった。そのひとつが冷やし中華だ。娘の私が自慢するのも気恥ずかしいが、父が作るタレは絶品だった。少しでも暑くなり始めるとすぐにリクエスト。夏の間に何度も作ってほしいと父にせがみ、「またか」と言いつつもちょっとうれしそうに台所に立ってくれた父の姿を、今でもとてもなつかしく覚えている。あまりに好物だったために、普段はそれほど大食いでもなかった子どもの頃の私が冷やし中華だけは2人前近く食べていたことなども思い出す。

 その父の冷やし中華の味を今は私が受け継ぎ、再現している。私は新聞で見つけたおいしそうな料理の作り方を切り抜いたり、インターネットに載っていたものを印刷したりして、カードに貼り付けて箱に収めているのだが、まだ元気だった頃の父に尋ねておいた冷やし中華のレシピも、今では宝物となってその箱に収まっている。私の料理好きは父からも母からも受け継いだのだろうが、ありがたい“遺伝”だと思っている。

 父が残してくれた味は他にもいろいろとあるが、もうひとつ忘れられないものに、油揚げの中にミツバ、かつおぶし、梅肉を混ぜて詰め、火でちょっとあぶったものがある。なんという料理なのかはもう忘れてしまったが、とにかくおいしい。先日遊びに行った友人の仕事場のまわりには自然があふれ、さまざまな野草が生えているのだが、野生のミツバもそこらじゅうで育っており摘み放題。ありがたく頂いてきたものがその日の食卓にのり、口にした瞬間、私たち家族に食べさせて得意げな顔をしていた父の表情が浮かんだ。

 食べ物はただ空腹を満たすだけではない力を持っていると、私は日頃から信じている。栄養が身体を作ってくれる。おいしいと感じるものが口に入るとうれしくなる。そして、その食べ物を誰かと共有した思い出がよみがえると心が温かくなる。さて、今週末も暑くなりそうだが、そろそろ冷やし中華の出番だろうか。

 (近畿大学総合社会学部教授)



サイト内検索