金井啓子の現代進行形

再び始まる都構想の論議

2017年6月22日

それでも消えない二つの疑問

 大阪市を解体して代わりに複数の特別区を設置する、いわゆる大阪都構想は2015年5月17日の住民投票において否決された。しかし、都構想の実現に執着する大阪維新の会が同年12月の大阪ダブル選挙で圧勝したことを根拠に、再び住民投票が行われる公算が大きくなってきた。大阪府・大阪市の両本議会で5月と6月に、都構想の制度設計を担う法定協議会(法定協)の設置が維新と公明党の賛成多数によって可決されたからだ。

 ところが、私にはこれがさっぱり分からない。複数の政策を公約に掲げた政治家を選ぶ選挙が、ひとつの政策のみを「イエスかノーか」で選ぶ住民投票の結果をなぜ左右できるのかという根本的な疑問が残っている。ただ、それ以上に、松井一郎府知事がメディアに語っていた「法定協では都構想のバージョンアップを目指す」というバージョンアップの中身が分からないのだ。

 前回の住民投票では、五つの特別区と各区の名称、大阪府に移管する事務などが記された「特別区設置協定書」の是非が大阪市民に対して問われた。この協定書を見れば明らかであるように、都構想の本質は大阪市の解体と特別区の設置でしかない。それ以外は枝葉に過ぎないのであり、仮に特別区の数を5から7に増やしたり名称を変えたところで本質は変わらないのだ。よく耳にする「大阪の景気が良くなる」「何千億円の経済効果がある」という主張は希望的観測に過ぎず、相変わらず大阪市はマグロの解体ショーのようにバラバラになる。「バージョンアップ」と言うからには、この本質を変えうる秘策でもあるのだろうか。これが疑問のひとつだ。

 もうひとつは、公明党が推進する「総合区」との比較である。

 都構想と違って総合区は大阪市が残る。現在の24区が1桁に再編され、総合区長が準公選で選ばれたりする。なるほど、大都市制度を考える上で都構想と総合区を比較して優劣を決める意味はあると思う。しかし、その場がなぜ法定協なのか。

 あくまでも法定協は都構想の実現が前提で、そもそも他の制度と比較する場ではない。今回、規則の改正等で総合区が議論のまな板に乗り、公明党が総合区の優位性を説明したところで結末は変わらない。最後は都構想の是非を問う住民投票が待っている。その住民投票で賛成多数なら、時間と金をかけた総合区の議論は水の泡。こんなことは公明党の議員なら百も承知のはずなのに、なぜ法定協に賛成したのだろうか。これがさっぱり理解できない。

 あまりに謎が多すぎる法定協の再設置。置いてけぼりにされるのは大阪市民だけというのは、なんとも寂しい話である。

 (近畿大学総合社会学部教授)