金井啓子の現代進行形

外国人に不便でない街とは

2017年6月29日

独の多様性と独自性に触れる旅

 毎日のように通勤で利用している難波駅。スーツケースを持つ外国人がここ数日目に入るようになった。いや、増えているのは気づいていた。でも、先週来気になって仕方がないのは、私がドイツのボンを数日だけ訪れ、心象風景が変わったためらしい。

 ドイツ語を話せない私が、ベートーベンが生まれた街で音楽を楽しみ、生家の近くでビールを味わい、地元の人たちに助けられ、ぜひまたドイツに行きたいと願いながら大阪に戻ってきた。だから、日本を訪れている人たちが私と同じような思いなのか、はたまた不便で不安でもう二度と日本には来たくないと思っているのか、気になって仕方ないというわけだ。

 ボンの地下鉄の券売機。ドイツ語で切符の種類や料金が示されているが、画面の下の方にはドイツ、英国、イタリア、フランス、トルコの国旗が並ぶ。英国旗に触れると、説明が英語に変わるという仕組みだ。日本語がないのは残念だったが、それでも英語表示があるのは助かった。

 ただし、ドイツではこのように全てが外国人に「優しい」つくりになっているというワケでもない。たとえば、ボンから列車で約30分のケルンに行った時のこと。行きの列車が遅れて着くと、ケルンで出迎えてくれた従妹に「いつものことだからね」と諦め顔で言われたので、帰りも遅れるかもしれないと覚悟してはいた。

 だが、予想を上回る遅れとなった。恥ずかしながらドイツの地理すらきちんと頭に入っていない私が、他国の地名まである列車の行き先を見ていると、私が帰るべきボンに向かう列車がどれなのか、そしてそれはいつになったら到着するのか、駅の表示を見たりドイツ語のみのアナウンスを聞くだけでは全くわからない。不安が募り、翌日になっても帰れないのではとさえ思った。だが、駅員に尋ねるとわかりやすい英語で乗るべき列車の到着予定時刻を教えてくれた。

 英語を話すドイツ人にはその後も何度か助けられた。スーパーで白ワインを選んでいると「こっちの方が僕はおいしいと思うよ」と声をかけてくれたり、航空会社の職員でもないのに乗り継ぎ便のことで自ら調べて教えてくれる人にも出会った。

 日本人だって一部の極端な人たちを除けば、外国人に対して親切にしたい気持ちは大きいはずだ。ただ、そのための道具である言葉が話せるかどうか、そして街のあちこちに適切な看板や放送があるか、といった準備は欠かせない。

 ちなみに、今回ボンを訪れたのは、公共国際放送ドイチェ・ヴェレ主催のグローバル・メディア・フォーラムに参加するためだった。緑があふれるライン川沿岸にある国際会議場で行われたこの会議、第10回の今回のテーマは『独自性と多様性』だった。日本の独自の色合いを保ちつつも、多様な人たちが訪れて心地よい国。そんな国は住んでいても心地よいはずだ。

 (近畿大学総合社会学部教授)