金井啓子の現代進行形

気味悪いラジオ体操の“強制”

2017年7月20日

五輪盛り上げにはもっと工夫を

 東京都の小池百合子知事が先日、都の職員に、毎日午後2時55分からラジオ体操を全員で始めることを宣言した。2020年東京五輪の機運を高めるためだという。小池知事はまた、「ラジオ体操は日本人のDNAに刻まれたスポーツ。都民と国民の心を一つにしてほしい」と持論を述べ、都内の企業や他の自治体にも参加を呼びかけた。

 だが、都の職員や他の自治体などがこの提案に全員が賛成というわけでもないだろうし、中には「いい迷惑」と考えている人だっているだろう。国民だって「余計なお世話だ」と考えている人もいるのではないか。

 実は、私はラジオ体操が大好きだ。最近はほぼ毎朝のように6時25分から、テレビで放映される番組を見ながらラジオ体操を実践している。長年悩まされてきた肩こりもだんだんよくなってきたし、起き抜けの身体を動かすと少しずつ目が覚めてくる。しかし、強制されてやっているわけではない。自分の健康を維持するため自主的にやっているにすぎない。さらなる健康増進が必要だと思えば、ますます熱心になるだろうし、飽きればやめる。ラジオ体操なんてそれだけのものだ。

 小池知事も、それほど深く考えて提唱したのではないだろう。ただ単に、東京五輪を一丸となって盛り上げようという意気込みを語ったものだと考える。だが、それでも知事の提唱が気持ち悪いのは、「盛り上げるため」をエクスキューズにした半ば強制的な態度にある。ましてや「日本人のDNAに刻まれたスポーツ」と言うに及んでは、気持ち悪さを通り越して不気味さまで感じてしまう。

 DNAとは遺伝子に刻まれた情報のことだ。縄文時代や弥生時代から盛んだったのならまだしも、ラジオ体操の歴史なんてたかだか90年ほど。一世紀にも満たない行事にDNAもないだろう。加えて、私には幼いころからラジオ体操が大嫌いだった友人がいるが、だったらこの友人は日本人ではないのかとツッコミたくなる。

 私は東京五輪に決して反対はしない。特に参加する選手のためには、むしろ成功してほしいと願っている。多くの国民もおそらくは私と変わらぬ思いだろう。ただ、その成功祈願を国家や自治体が国民全員に押し付けてはいけない。都の職員と自治体などにラジオ体操を強制して東京五輪の機運を盛り上げるというのは、太平洋戦争の末期、当時の軍事政権が国民に対して「欲しがりません、勝つまでは」と、いっさいのぜいたくを禁じた態度と重なって見える。だから薄気味悪いのだ。

 東京五輪の機運を盛り上げたいのなら、国と東京都が工夫して「なるほど、盛り上げよう」と誰もが納得できる情報を伝えればいい。小池知事の提唱は工夫不足を物語っているだけだろう。繰り返すが、ラジオ体操の強制など余計なお世話である。

 (近畿大学総合社会学部教授)