金井啓子の現代進行形

“独身税”批判はなぜ起きたか

2017年9月7日

記者と読者にも必要な冷静な眼

 目立つ言葉を見ると何か言いたくなるのは人の性かもしれない。だが、近頃はひとつのキーワードに過剰反応する風潮もある。たとえば政治家の発言やテレビのCMに「不適切だ」と騒ぎ立て、政治家が頭を下げ、CMが中止に追い込まれることをよく見聞きする。中には事実誤認や偏見、思い込みでひどい発言を連発する政治家がいたり、「社会への配慮がない」と思うCMも見受けられる。不適切な発言やCMに文句を言うのは私たちの権利であるし、健全な社会を作るためには必要な作業でもある。

 だが、一方で「どうしてこれが?」と首をひねるケースもある。中には、“炎上”させるためだけに過剰反応していたり、議論よりも相手を屈服させて謝罪させることを第一の目的としている場合もある。言葉が発せられた背景などを知ろうとせず、たったひとつのキーワードを反射的にとらえて過剰反応する社会は未熟なのではないだろうか。

 さて数日前、ある地方紙を読んでいて私の目に留まったのは「独身税」という言葉だった。ある市役所で、「子育て中の女性でつくる『ママ課』」と財務省の主計官の意見交換会が開かれ、「ママ課メンバーは『独身税』の創設や医療費削減に関する思いを伝えた」と書かれていたのだ。メンバーが「結婚し子を育てると生活水準が下がる。独身者に負担をお願いできないか」と主計官に尋ねたのだという。

 この「独身税」というキーワードを見て、独身者がいるから既婚者の「生活水準が下がる」のか、家計が苦しい人が多いとされているシングルペアレントも独身税を課されるのか、結婚が「できない」性的少数者(LGBTなど)も課税されるのかなど、さまざまな疑問が私の心に渦巻いた。

 私がこのように反応したのは、地方都市のひとつが「独身税」という新たな税制度を提案したように読めたからだった。こう受け止めたのは私だけではなく、この市役所にも苦情や意見が相次いだのだという。

 だが、それほど大げさな話ではなかったらしい。翌日の続報を見ると「ママ課」は「市の正式な課とは異なり、プロジェクトの名称」に過ぎないこと、「参加者の1人が日頃の思いを話しただけで、市が独身税を提案したわけではない」こと等が書かれていたのだ。

 ひとつのキーワードを見て、その背景を知らないまま反応したことを、私自身も反省している。だが、最初の記事で「独身税」が市の総意ではなく個人的な意見であることを書いておくべきだったのだ。「独身税」というインパクトの強い言葉を耳にした記者が「これは記事になりやすい」と考えたのかもしれないが、補足の取材や説明は欠かせない。

 インターネットの発達もあって、情報の拡散はかつてないほど速く幅広い。そんな時代にあって、情報を発信する側も受信する側も細心の注意が求められると感じる事例だった。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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