金井啓子の現代進行形

大阪はパリのように止まれるか

2018年1月25日

万博見通し 再確認が必要

 2025年開催予定の国際博覧会(万博)について、パリ郊外を候補地として挙げてきたフランスの誘致委員会の会長が記者会見で、同国政府による誘致断念を公式に認めたという話が飛び込んできた。民間からの投資不足や入場者数予測の見通しの甘さによる財政上の懸念を、首相が表明したのだという。

 強力なライバルがいなくなって、勝利に向けて大きく前進できたのでほっとひと安心−。パリの最大のライバルと目されつつ誘致を目指してきた大阪の関係者の中には、そんな気持ちを抱いている人が少なからずいるのかもしれない。だが、本当にそれでいいのだろうか。

 フランス政府が万博の誘致を辞退したのは、巨額の経費に見合う「成果」が得られないからと判断したからで、ここに万博の本質とはハコモノ建設型の投資であることを告白しているような気がする。

 1851年に初の万博である「ロンドン万博」が開かれてから167年。21世紀に入って国威発揚型から理念提唱型の万博に変わったとはいえ、やっていることは相変わらずパビリオンや新技術、アトラクションのお披露目やお祭りであり、当然、会場の整備以外に交通網などのインフラ整備もついて回るため、万博には千億円単位の経費がかかる。やはり万博とはハコモノなのである。

 1980年代の後半、大阪府と大阪市は大阪湾岸に数多くのハコモノを建設し、そこへ企業誘致を図れば大阪経済の発展に寄与すると信じていた。ところが、ご存じのようにいずれも大失敗。そのツケはかなりの時が流れた現在もまだ引きずっている。

 大阪府と大阪市が万博を誘致しようとする姿からは、当時のハコモノ建設型投資の発想から一歩も進歩していない姿が浮かび上がるように思えてならない。

 パリという強大なライバルがいなくなった今というこの瞬間は、単純に勝利を目指す時ととらえるべきではない。いったん冷静になって、現時点での見込みがパリのように甘いものではないかどうかを見直す。そして、「2025年大阪万博」がその翌年以降長きにわたって残すものが、大阪の住民にとって「開催してよかった」と思えるようになるのかどうかを、いったん立ち止まって考える機会を与えてもらえたと考えなければならないのではないだろうか。

 万博誘致にいま関わっている人々の判断が、数十年後、百年後の大阪に大きな影響を与えるのだという、長い目で見た考え方が必要とされているのだ。いったん走りだしたものは止められないと考えている人がいるならば、これまで強大なライバルだったパリから今こそ学ぶ時である。遅すぎることがない行動を望みたい。

 (近畿大学総合社会学部教授)