金井啓子の現代進行形

消えない“オウム的な何か”

2018年7月12日

麻原ら首謀者の死刑執行

 激しさを増す豪雨と異例の7人同時の死刑執行。そんな翌朝がはっきりと予想できていたはずの先週5日夜に、安倍首相をはじめとする閣僚と自民党の国会議員たちがにぎやかに酒宴を張っていた。笑顔あふれる彼らの写真を見た時は、どうしようもない脱力感を覚えた。大災害の当該地域以外の人がすべての楽しみを“自粛”すべきとは全く思わない。だが、さまざまな意味で国を守る彼らの行動としてはあまりに危機意識に欠けていた。まして、その写真をSNSに載せた議員の頭の中は想像すらできない。

 ただ、きょうはその“狂宴”についてではなく、死刑が執行された麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚が率いたオウム真理教について書きたい。

 オウム関連の事件が起きた1980年代後半から90年代半ば。私は大学生から社会人になろうとしていた。母校の最寄り駅で見慣れない衣装で不思議な音楽を流す信者たちを見かけたし、キャンパスにも勧誘に来ていたようだ。だが、当時の私にとって、彼らは「別世界に行ってしまった不気味でこわい人たち」としか見えなかった。

 しかし、死刑執行された7人の年齢を見ると、私とほぼ同世代なのだ。同じ時代の空気を吸って育っていながら、何が彼らと自分を分けたのだろうか、もしかすると紙一重だったのだろうかと、あらためて考えてしまった。今とあまり変わらない額の初任給しかもらっていなかった新入社員までもが、派手に遊び回るのが当たり前のように思えていたあの時期が「バブル時代」だったことを当時は全くわかっていなかった。だが、狂騒的な時代のど真ん中にいたこと、あれが必ずしも“普通”ではなかったことも、今になって見えてきた。

 そしてそんな浮かれきった時代に対して違和感、不満、疎外感を持っていた人たちがオウム真理教に吸い寄せられたと結論づけるのは、やや乱暴かも知れない。だが、今になって、あの熱を帯びた時代になんとか乗り遅れずについていこうと焦っていた私を思い返すと、“オウム的な何か”に救いを求めた信者たちの気持ちがうっすらとだが見え、決して「別世界の人たち」ではなかったように思えてくるのだ。

 ひるがえって、今の時代はどうだろうか。バブル時代に比べれば経済状況はぐっと冷え込んでいるし、国全体が何かに熱狂しているわけでもない。それでも、違和感、不満、疎外感を抱えている人がいなくなったとは思えない。

 モノがあふれる時代も逆に不自由な時代でも、いつまでたっても人の心は満たされないものだ。“オウム的な何か”は、そんな人の心の隙間に入りこもうとしている。オウム事件の首謀者が処刑されて、確かに時代はひとつの区切りを迎えた。しかし、人の心がもろくて弱いものである限り、オウム的な何かはいつか復活するだろう。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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