金井啓子の現代進行形

後継者不足と行政の熱意が課題

2018年11月15日

ミカンの収穫を初体験

 先日、愛媛県でミカン農家を営む知人に頼んで、ミカンの収穫を初めて手伝わせてもらった。これから年末にかけて収穫で非常に忙しい時期にもかかわらず、私のような素人の申し出を快く引き受けてくれた知人には感謝している。

 それぞれの木にたわわになっているミカンをひとつひとつハサミで収穫する作業は、物珍しさもあって楽しかったが、大変な重労働でもあった。場所は急斜面の段々畑。足を踏ん張り腰をかがめながら果実を取るのは、足腰にかなりの負担がかかる。10坪にも満たない場所でさえ、全部のミカンを摘み取るのに4人がかりで約1時間。案の定、翌朝は筋肉痛となった。

 この何十倍、何百倍もある農地のミカンすべてを収穫するには、相当な労働力と時間が必要であることが体験を通じて理解できた。農家の人たちの懸命な努力があってこそ、おいしいミカンが食べられるのだと再認識させられた。

 そのミカン農家も悩みは尽きない。後継者が不足し、山々にはいたるところで荒れたミカン畑が目立つそうだ。将来、愛媛県は「ミカン県」の看板を返上しなければならない危惧さえ感じられるという。

 ミカン農家を営む知人は、ことあるごとに地元の議員や行政に後継者不足の解消と打開策を訴えるが、あまり乗り気になってもらえないらしい。毎年のミカン出荷量を維持することさえできれば満足で、その方法をしっかり考えていないのが行政と議員なのだと、知人はぼやいていた。

 ミカンなどの農政に限らず、どこの地方議会や地方行政でも若年層の流出や過疎化に頭を痛めている。その解決策として企業誘致に力を入れたり、都会人に向けて田舎暮らしをアピールするが、大成功したという事例はさほど多くない。その結果、地方議会や行政も将来ビジョンを持てなくなり、その場しのぎの政策に走りがちになるのだろう。ミカン農家の知人が愚痴の矛先を向ける行政と議員にしても、半ば諦めがあるのかもしれない。

 だが、その一方で農業をやりたいという若者は少なくない。私の教え子などでも農業に関心のある若者はいるし、実際に農政や町おこしをアシストする地方行政のスタッフになった者もいる。

 後継者を求める農業関係者がいる一方で、農業などの一次産業に従事したいと考える人たちは確実に存在する。では、この需要と供給を結びつけるものは何か。即物的だが、まずは生活の保証だろう。ミカン農家を営んだり、あるいは収穫作業を手伝えばお金が入り、地元のコミュニティーにも受け入れられて、ちゃんと生活が成り立つという担保ではないのか。そのためには農家だけでなく行政と議会は何をやるべきなのか、実効性のあるビジョンを持ってもらいたい。

 おいしいミカンは私たちの誇りだ。その誇りを失うような事態だけは避けてほしいものである。

 (近畿大学総合社会学部教授)