浅野秀弥の未来創案

【維新躍進の秘密】

2016年12月8日

もう風でもブームでもない

 師走に入った。今年の国政選挙と大阪の地方選挙を中心として見渡してみると、橋下前市長引退後、党名を元に戻した日本維新の会の順調な党勢拡大が目立つ。私は「なぜここまで飛躍できたのか?」を分析してみた。

 当初こそ、橋下氏の個人的人気と、良くも悪くも物事の白黒をズバリと言い切るその姿勢に共感を抱き、「維新ならきっと何かをしてくれる」との“青い鳥症候群”的な期待感だった。橋下氏は府知事として大阪自治体のトップに立ち、彼独特の強引な手法と物言いで「これまでとは異なる未来」を具体的に府民に示した。

 大阪の自民党は他府県に比べ選挙は昔から弱い。参院選では“お笑いタレント枠”がまことしやかに語られたり、そのタレントに府知事の座を握られたりと不安定この上なかった。それでも政権与党を維持していた時は存在感もあったが、民主党の政権交代の風に吹き飛ばされたあたりから負けぐせが強まり、維新の登場で一気に蹴落とされた。

 維新の大阪でのトップ、浅田均参院議員と松井一郎府知事は、元はといえばそんな大阪での自民党の長期低落に嫌気が差し、飛び出した2世府議。そして、結果として本家が忘れてしまった古い自民党のやり方を地道にたどり、地方政治家の石垣を築き上げ、自民が持っていた利権を引きはがして自分たち維新に付け替えた。

 一つ選挙が終わったら、すぐに次の選挙へと向かい、国と地方の議員が地元陳情を熱心に聞き、絶えず地元をまわり地域の人々と交流を深めた。それはかつての自民党が最も得意としたどぶ板的な動きに他ならない。

 首長を取ればその地域はオセロのように維新色に染まる。金と人の首長権限をフルに使えるからだ。維新議員はたとえ地元でなくても、党全体のために陳情やクレーム解決へ走り回っている。地方議員が信頼を得れば、国会議員の集票マシンとして機能する。政治に普段関心のない人々が、「あの維新の議員がこんなに一緒懸命してくれた」とクチコミで伝え、橋下抜きでも党への感謝と信頼の気持ちが広がっていく。維新の躍進は、もう風やブームではない。

 あさの・ひでや(フリーマーケット=FM=社社長、関西学生発イノベーション創出協議会=KSIA=理事長)1954年大阪市生まれ。わが国のFM創始者で日本FM協会理事長。関西経済同友会幹事。数々の博覧会等イベントプロデュースを手掛ける。