連載・特集

澪標 ―みおつくし―

双方向の会話が不可欠

山田 重昭
LLP YUI企画共同代表
2010年10月15日

 上海万博も終わりに近づいたが、一般にイベントというと、博覧会のパビリオンに代表されるように、大規模な会場に数万人もの人が押し寄せ、大騒ぎして終わったらごみの山以外は何も残らないその場限りのものという否定的なイメージが根強い。

 だが、イベントの規模や形態はさまざまである。学校や職場、町内の運動会や遠足もイベントだし家族旅行も立派なイベントだ。難しく考える必要はない。場を介して人と人とが直接触れ合う非日常の体験がイベントなのである。

 企業イベントの目的が利潤追求なら、地域や家族のイベントは純粋に楽しむものである。

 後者のイベントが前者と違うのは、参加者自らが主体となって一緒に楽しむもので、前者のように主催者と観客とに分離されてはいない。そこには双方向の会話が不可欠だ。

 規模の小さなイベントでは参加者同士の交流が深まり、家族や会社とは違う一種の場の文化ともいえるコミュニティーが形成される。イベントの効用であろう。

 ただしイベントはあくまで何かの目的を達成するための手段・きっかけにすぎない。手段が目的化してしまっているイベントのなんと多いことか。それがイベントへの否定的見解に繋(つな)がっている。

 イベントを地域活化にという主張は以上の点を踏まえる必要がある。果たして参加者との対話が成り立っているのか。イベントを通してのコミュニティー形成、地域活性の道筋が描けているだろうか。前回触れたように、祭りが地域の繋がり作りに果たす役割を考えてみるとよい。

 先日、大阪で2日間にわたりイベント学会の研究大会が開催された。私も実行委員を務めたが、研究発表の多くが地域活性にかかわるもので、イベントがまちづくりに期待される程度の大きさが窺(うかが)われた。研究大会のテーマの一つは大阪万博だったが、今思えば大阪万博も日本国中が騒いだお祭りだった。

 大会のもう一つのテーマはまち歩き。万博とは対照的なテーマが選ばれたことが、これまた時代の潮流を表しているといえる。

 現在開催中の大阪あそ歩は、まち歩き・まち遊びを中心とした、まちの魅力を発見しようという事業である。私もガイドを務め、毎回参加者をご案内するのだが、必ずといっていいほど「わがまちを見直すいい機会になった」との声を頂戴(ちょうだい)する。

 まちの魅力とは何か。大阪の場合、それは人であろう。大阪あそ歩が人気を広げつつあるのは、ガイドや地元の人、参加者同士のコミュニケーションの楽しさが評判となっているのだと思う。すなわちイベントの効用がうまく生かされているのだ。

 それは、ひたすら個人の幸せを物質的充足で追求し続けた社会が、個人が孤立し、不安や不信だらけになった現代、足元を振り返り、もう一度他者との繋がりを見直してみたいという時代の空気を反映しているのである。

 (やまだ・しげあき 大阪市住吉区)