連載・特集

澪標 ―みおつくし―

アイデンティティーの探求

山田 重昭
LLPYUI企画共同代表
2010年11月26日

 能をテーマとしたイベントにかかわっている。

 観世流の山中雅志氏との出会いによって始まったもので、能舞台に上がって面や装束を着けたりする体験型のワークショップや、キャンドルナイトと絡めたろうそく能など、敷居が高いと敬遠されがちな能を少しでも身近に感じてもらうための活動を続けている。

 「大阪あそ歩」のコースにもなったが、能にゆかりの場所を能楽師と共に訪ねる「能楽師と行くなにわめぐり」というまち歩きも行った。

 おかげさまでどの企画も好評をいただいている。

 難解と言われながらもどこか気になる存在なのだろうか。能舞台の枠を取り払い、料金を抑えることで、これほどの人が能を見に集まってくるものかと感心する。

 解説を加えることで能の間口は確かに広がった。

 能に限らず和そのものも盛り上がっている。

 お茶や作法のワークショップは各地で盛んだし、和食人気もヘルシー志向と相まって根強い。神前結婚式は順番待ちで、神社・仏閣のパワースポットめぐりというものまである。

 見たところ、中心になってブームを支えているのは比較的若い世代のようだ。

 それを裏付けるように、人気があるのは習い事ではなく、ワークショップのような体験重視のものが多い。茶道ではなくお茶体験となるわけである。

 生活様式が急激に変わり、教養や作法の継承が行われなくなった結果、ある年代以下の者にとって和文化のもろもろは古くささよりも新鮮な驚きをもって受け止められる未知の文化となった。彼らの多くは素直に和の世界に入っていく。和に触れることは彼らにとって一種の異文化体験ではなかろうか。

 ではなぜ対象が和なのだろうか。私はやはり背景には自らの根っこを探してみたいとする欲求があるのだと思う。つまりはアイデンティティーの探求である。

 現代社会は物量的豊かさの半面、人と人との関係が希薄になり、自分も見失いがちである。ある種の喪失感すら漂う中で確かなアイデンティティーを模索するとすれば、歴史や伝統にそのよりどころを求めるのではないか。伝統の継承を受けていない世代ならなおさらその思いは強い。

 まち歩き人気も自らの足元を見つめなおしたいという根っこの確認=アイデンティティーの高まりがあるといえよう。

 八尾市高安で実施した「能楽師と行く河内めぐり」では、まち歩きに参加して地域の文化的魅力に刺激を受けた市民の手によって、「高安ルーツの能」という団体が結成されるに至った。能を地域資源としてまちを盛り上げようと毎年芝能を行っている。

 まち歩きが伝統芸能を介在に実際のまちづくり活動に結びついた好例であろう。

 (やまだ・しげあき 大阪市住吉区)



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