連載・特集

澪標 ―みおつくし―

身近な資源活用し場作り

山田 重昭
LLP YUI 企画共同代表
2011年2月22日

 小売業に勤めていたころ、全国各地で暮らした。流れるように通り過ぎるまちの景色にはどれも思い出深いものがあるが、地方では県都といえども市街地の人通りはまばらで、いつもシャッターが閉じている店舗も目立った。

 大阪に戻ったとき、列車の乗客の少なさと心斎橋の何か殺伐とした雰囲気に違和感を覚えた。大阪が元気ないとは聞いていたけど…。

 それぞれに特色ある成り立ちを持つであろうまちが一様に荒れている姿に、一種のやるせない思いがした。私がまちづくりに関心を抱くきっかけだったと思う。

 コミュニティーとアイデンティティー。これまで述べてきたようにどちらもまちづくりを考える上で重要なキーワードである。

 戦後の社会は、会社的価値観を中心に据えた経済成長に突き進んだ時代であり、精神的な意味でも職住分離が進んだ。家庭も核家族化が進み家族の構成単位が小さくなった。

 会社と家庭。ともに内部の結束は強いが、外の世界との繋(つな)がりが薄い閉じたコミュニティーといえ、その広まりとともに地域コミュニティーは衰退した。まちを知らない住人が増え、まちのアイデンティティーも希薄になった。

 地域性喪失は社会性喪失に繋がる。今日その帰結として、社会的孤立・無縁社会といったヒズミを生んでいると思う。

 こうした現状に、これまでの社会の在り方を見直し、地域コミュニティーの復権を図る試みが様々(さまざま)なレベルで行われている。

 都市の諸機能をまちなかに集約し、歩いて暮らせる職住近接を図るコンパクト・シティーや、お互い顔の見える関係の集合住宅であるコーポラティブハウスなどの事例が注目されるが、いずれも地域コミュニティーの場作りを整える試みといえる。

 見た目の新しさに惑わされず、まずはアイデンティティーをコミュニティー復権のよりどころとしながら、身近にある資源を活用して場作りをしようではないか。

 福島区に住む知り合いのチヨさんが自宅を使ってちょっと変わった活動を始めた。住み開きといい、自宅や事務所などを開放して誰でもが集える公共空間を作り上げていく活動やそのスペースのことである。地域の居場所作りといったところか。

 チヨさんの場合は月に2回、写真スタジオとして使っていた1階を開放している。

 入りきれないほど大勢の人が訪れたかと思えば、日がな一日ボーっと一人座っていることもあるとか。初めて訪れた人ととりとめのない話をしていて、気が付いたら夕方になっていたと笑っていた。

 ご本人曰(いわ)く、おばあちゃんが縁側でひなたぼっこしているイメージだそうだ。

 コミュニティー形成は一朝一夕にはならない。無理せず地道に継続していくことが大切だ。

 防犯上問題はないのかと尋ねると、「特に何もなかったし、考えたこともなかった」と屈託のない返事が返ってきた。

 (やまだ・しげあき 大阪市住吉区)



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