澪標 ―みおつくし―

金星人の手遊び

石橋 英樹
数理言語教室「ば」主宰
2014年4月25日

 「大量の学習時間を投入することで成績を上げる」という方法を取り入れる学校現場が年々増えているように感じます。

 しかしこれは単に成績を上げるという意味においても正しい方向なのでしょうか。

 そもそも子どもたちは学習時間の不足が原因で成績が悪いのでしょうか?

 たとえば「ゆとり世代」は、学習時間が少なく、だから成績が落ちたという文脈で語られることが多いですが、それはほんとうでしょうか?

 実際には彼らの多くは塾通いをしていました。学校後は一息つく間もなく塾に向かい、夜遅くまで缶詰めになっていたはずです。表面的な学習時間という意味で言えば、前の世代を上回っていた可能性すらあるわけです。

 となると、問題は全く逆かもしれません。

 「あれほど学習時間を費やしたのに、なぜできなくなったのか?」

 彼らは親が勉強をしていると思い込んでいる時間に教室で何をやっていたのでしょう?

 小学生たちの長時間学習に付き合っていると、興味深い光景にしばしば出合います。

 作業が長引きしんどくなってくると、彼らは「逃げ」を無意識に探し出します。といっても、授業進行中の教室です。逃げる手段は限られています。

 まずは鉛筆をいじり出します。シャーペンだと分解を始める、消しゴムにペンを刺す、鉛筆を何度も削る、爪をほじる等々、あらゆる手遊びがそこには出現します。おそらくわが子も同じだと思い当たる方も多いでしょう。

 しかもこの時の子どもたちの表情はかなり似ています。私はそれを「金星で浮遊している」と表現していますが、まさに、「いまここにいるのにいない」という感じになってしまうのです。もちろん他惑星浮遊中に、教え手が話した内容など聞こえてはいません。

 これが「学習」時間中の実態だとすれば、力などつくわけがありません。

 長時間、机の前に拘束し、形式だけ学習させれば、多くの子どもたちは、「いま、この時間をどうにかしてやり過ごす」術(すべ)だけを特化して習得していくことになるでしょう。

 おまけにこのような意識の「切り方」が一度身についてしまうと、自分でもなかなか制御はできません。このような若者の姿は大学でも会社でもそこかしこに見られるようになっているはずです。これは深刻なことだと私は考えています。

 ではどうすれば良いのでしょう。少なくとも、授業時間をむやみに増やせばいいという発想ではなく、子ども自身が主体的に頭を使い、自分の意思で手を動かす時間に、具体的に切り替える必要があると思います。

 内容を効果的なものにすれば、授業時間は減らすことすら可能ではないかと考えます。しかしそのためには、前提として、教える側に必要な意識があります。続きは次回に。

 (いしばし・ひでき 京都府木津川市)