澪標 ―みおつくし―

憧れの存在は夢を叶える原動力

多胡 光夏
ピアニスト
2017年1月27日

 新しい年が明けて早1カ月がたとうとしています。皆さまはどのようなお正月を過ごされましたか。私は三が日にはお着物を着て、久しぶりに日本らしいゆったりとしたお正月となりました。

 ヨーロッパの年越しは、街のいたるところで爆竹や花火が鳴り響き、文字通りのお祭り騒ぎ、煩悩なんてどこへやら。留学して最初の年はおっかなびっくりで、除夜の鐘に耳を澄ます日本の厳かな雰囲気への郷愁に、ちょっぴり感傷的になったものでした。でも今考えれば、年明けと同時に《美しき青きドナウ》が大音量で流れて、雪景色の中、人々が自然に手を取りワルツを踊り出す、そんな風景もまた乙なものでありました。

 高校に合格して上京が決まったとき、ピアノを始めて最初に習った先生が下さったお手紙を、今も大切に持っています。そこには、お祝いと温かい激励の言葉にあふれていて、全てが満足にととのってしまっても感激が薄れ、つまらないけれど、専門だけではなく、例えば美しい絵画や書を見たり、素敵(すてき)な人や物に接する機会を持つことも、音楽には大切な要素であること、あせらず、良き指導者や信頼のおける友人に恵まれますように、何よりも健康に過ごすことができますように、とつづられています。15歳当時の青い心ではまだ受けとめきれなかったことも、時がたつにつれてこのはなむけは重みを増し、今でもなにかあるごとに手に取り、読み返しています。

 小学4年生のとき、現在の恩師の演奏を聴いて、「私もこういう音を出せる人になりたい」と強く思いました。その音はまるで粒のそろった真珠のネックレスのようで、それが目の前ではじけて、無数の真珠の粒がきらきら跳ねて輝いているようでした。ピアニストというぼんやりした夢が、はっきりと目標に変わった瞬間でした。

 良き師と出会い、良き導きを受けること、そして憧れの存在に出会うことは、夢をかなえる大きな原動力です。私も師を見倣って、いつかそんな人間になりたいものです。

 私の連載は今回が最終回となります。何かを語るにはまだまだ面映ゆく、なかなか筆が進まないこともありました。そんな中、この澪標のお話をいただいてからいつもお守りのように持ち歩いていた向田邦子さんの《父の詫び状》を読んでいて、思わずあっと声をあげそうになりました。

 「明日ありと 思ふ心のあだ桜 夜半に嵐の ふかぬものかは」

 小学生の向田さんが、おばあさんからこの言葉を毎晩のように教わったというくだりがあるのですが、私の場合も、私の性格を案じた祖母が、「物事をつい先延ばしにすると、夜中に嵐が起きて、せっかく見ようと思っていた桜は明くる日には散ってしまっているかもしれないよ」と、諭してくれたのでした。それから二十数年たちますが、はて、明日ありと思う心はなかなか直らぬものです。あらためて、今年の目標に掲げたいと思います。

 新聞のコラムを連載するという新たな経験をさせていただき、8月から今日まで、充実した時間を過ごすことができました。ありがとうございました。これがきっかけで、少しでもクラシック音楽に興味を持って下されば、とてもうれしく思います。いつも感謝の気持ちを忘れず、人生に音楽がある喜びをたくさんの方に知っていただけるよう、これからも精進してまいります。またどこかでお会いできますように!

 (たご・ひろか、大阪府豊中市)