澪標 ―みおつくし―

響き合うこと−その大切さと難しさ−

栄 セツコ
桃山学院大学教授
2017年2月14日

 新しい年が始まり、雅楽による「音開き」の会に参加する機会がありました。笛のしらべは水輪のように、笙のしらべは天から差し込む光のように…、互いの音が響き合いながら私を包み込んでいく感覚はなんとも表現しがたい神秘的な体験でした。私の鼓動が共鳴しながら開かれていく感覚は、一年の始まりにふさわしい体験でもありました。

 はじめまして、桃山学院大学教員の栄セツコです。このたび、「いい家塾」代表理事である釜中明様のご紹介により、「澪標」に寄稿する機会をいただきました。釜中様との出会いは川柳の会「相合傘」です。川柳の醍醐味(だいごみ)は17音字が作り出す小宇宙にあり、ここでも音字の響き合いがあります。しかし、近頃、この「響き合い」の難しさを感じるのです。

 私は幼少の頃からぜんそくを患い、何度も命拾いをした経験があります。いったん、発作が起きると気道が細くなり呼吸困難に陥ってしまいます。ぜんそくが「母原病」と言われていた時代…、母親は私の看病のために仕事を辞め、独り悩む姿がありました。子どもながらに私は、発作そのものの苦しさと母親への申し訳なさから、将来は人を支援する仕事に就きたいと思っていました。

 大学は社会福祉学科に進み、その人とその人を取り巻く環境の双方に働きかける生活支援の重要性を学びました。その後、こころ病む人たちの生活に寄り添い、その人らしい生活の可能性を支援する精神保健福祉士として、医療機関に勤務しました。現在は、その精神保健福祉士の養成教育に携わっています。

 「社会福祉」と聞くと、皆さまはどのような状況を思い浮かべますか? 少子高齢化、いじめ、虐待、貧困、老々介護、リストラ、過労死など…。このような言葉に象徴されるストレス過多の社会では、誰もがこころの病になる可能性があります。しかし、臨床の場では「まさか、自分が精神の病になるとは思わなかった」と話される方々が少なくありません。今や精神疾患は5大疾患の一つであり、身近な病気といえます。皆さまも「うつ病」「認知症」「アルコール依存症」「統合失調症」「摂食障害」「薬物依存症」などの病名を一度は耳にされたことがあるのではないでしょうか。誰もが一生涯のどこかでこれらの病になる可能性があるのが現状です。

 こころの病を患った人々の悩みに共通するのは「孤独・孤立」というものです。ストレス社会のなかで精神的不調を来たし、誰かに助けを求めるものの、誰も耳を傾けてくれない、気づいてくれないという経験のなかで、誰にも関心をもたれない私は価値のない人間だと思い、誰かに助けを求めることをあきらめてしまう人々がいます。今思うと、ぜんそくの私のことで母親も孤独だったのだと思います。

 このような経験から、コラムの連載を担当させていただくにあたり、私の声が皆さまの声に共鳴し、お一人お一人の声が響き合えるコラムを提供できれば幸いに存じます。

 (さかえ・せつこ、大阪市阿倍野区)