澪標 ―みおつくし―

4月29日昭和の日/手づくりのお祭り「どっぷり、昭和町。」

寺西 興一
大阪府登録文化財所有者の会事務局長、
「どっぷり、昭和町。」実行委員会会長
2017年3月24日

 人生は、思いもかけないことから進化するものである。明確な筋道があったわけではないのに、人の声を天の声のごとく聞き、それに従って歩んだことから、長屋の再生ができ、みんなに喜ばれた。

 しかし、それだけでは、終わらなかった。長屋の店舗が開店し、2年程経過した時のことである。

 長屋で働く若者から申し出があった。国民の祭日で、4月29日は、昭和天皇のお誕生日であったが、崩御されてみどりの日となっていた。それを「昭和の日」に改めると報じられた。この機会をとらえ長屋を中心に「どっぷり昭和町」というお祭りを始めたいという。

 それは、最寄り駅が昭和町であるので「昭和の日」に「昭和町界隈(かいわい)」で「昭和の建築」を中心に「昭和の文化」を楽しむお祭りにしたいという。そこで私に会長を引き受けてほしいと言い、実務はすべて若者たちがするというので、喜んで引き受けた。

 第1回は、平成18年、実は「昭和の日」に変更になる前年のことである。長屋の2階で若者たちのライブが行われた。大きなスピーカーが持ち込まれ、演奏のたびに長屋は、喚起に震えていた。それに1階では阿倍野区の長屋の写真展などが行われた。また、向かいの町家では、笑福亭生喬師匠の落語会が行われ、長屋と町家の通りには、出店が並んだ。予想をはるかに超える人たちが懐かしがり、楽しんでくれた。

 第2回は「昭和の日」に切り替わるということで、新聞社が事前に「近場でGWを満喫できる企画」「町おこし・回顧イベント多彩」と報道してくれたのでより多くの人であふれた。前年のイベント内容に加え「なにわ伝統野菜復活」の文化講演会が開催され、翌日の朝刊には、その祭りの風景が新聞の1面を飾った。

 それ以降、開催場所は、長屋周辺から小学校の講堂や児童公園に広がり、小学校では、「田辺寄席世話人会」が落語家15人による前代未聞の大落語会が開催された。児童公園では、「昭和のあそび広場」として紙芝居、飴(あめ)細工、切り絵などで子どもたちに楽しんでもらえるようになった。

 そして5回目以降、阿倍野区で最大の桃ケ池公園が加わり、ここがメイン会場として、明浄学院や文の里中学の吹奏楽部がオープニングを飾るようになり、地域を代表する方々のイベントをはじめプロレスまで行われるようになった。

 さらに、桃山学院のご厚意で大阪アンデレ教会や大阪市立デザイン研究所、それに文の里商店街等等地域全体にまで広がっている。

 このように発展してきた「どっぷり、昭和町。」は、今年で12回を数え、阿倍野区の三大祭りの一つといわれるようになり、1万人が楽しんでくれるようになった。

 このお祭りの特徴は、地域の事業主の方々の協賛金と若者たちのボランティアで成り立っており、阿倍野区等の行政や振興町会等も支援してくれているということである。

 (てらにし・こういち、大阪市阿倍野区)