澪標 ―みおつくし―

日本−スリランカ 知られざる友好関係

一般社団法人SaaMa−
スリランカ・スパイス&ハーブ理事長
池本 ニルミニ
2017年8月11日
日本の領土分割統治案
ジャヤワルダナ元大統領

 日本から6400キロメートル離れた小さなスリランカが存在していなかったら、戦後の日本は分断され、いくつかの国の植民地になっていたかもしれません。スリランカが日本と友好関係を持つようになったのは、ジャヤワルダナ元スリランカ大統領のある行動があったからです。

 1945年8月14日、日本がポツダム宣言を受諾し、終戦翌日、日本の領土分割統治が決定的になりました。戦時中イギリスの基地があったスリランカは、日本による空爆で被害を受けました。それにもかかわらず、日本が戦争に敗れ、世界48カ国から賠償を求められた51年のサンフランシスコ講和会議において、ジャヤワルダナ元大統領はブッダの言葉を引用し、「人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる。人は憎しみによっては憎しみを越えられない。怨(うら)みを捨ててこそ憎しみを越えられる。これは永遠の真理である」と賠償を放棄することを宣言し、分割案に反対し日本を分割占領案から守ってくれました。その勇気と愛ある歴史的演説により、講和会議の翌日に日本領土分割案が消滅しました。この演説がなければ、今の平和な日本はなかったかもしれないのです。

 スリランカは、献血と角膜提供数は世界一です。ジャヤワルダナ元大統領も90歳で亡くなられたとき、彼の角膜を日本人とスリランカ人に提供しました。実は今までスリランカから7万個以上の角膜が世界中の人々に無償で贈られており、日本にも約7千個を提供しています。

 私も、日本スリランカ友の会関西の会員として、スリランカ人にメガネを贈る活動をしており、約800個のメガネを日本の有名なメガネ会社の協力で、2016年にスリランカの人々に寄付してきました。

 スリランカと日本はお互いにたくさん助け合ってきました。スリランカは26年間の内戦が09年に終結してから国の発展に向けて動いていますが、ごみ処理問題などまだまだ多くの課題があります。日本の大企業がスリランカに進出しスリランカ人の雇用を生み出すことは、スリランカの経済問題を解決する事にもつながります。日本人の知恵や技術をスリランカの人々にも知ってもらい、生かせていけたらと思います。

 私も25年前に日本人と結婚し、娘が2人できたことで、日本とスリランカの関係を大きく持っています。17年5月から私が守口市で経営している「スリランカレストランニルミニ」を通しても、スリランカと日本のより良い友好関係に寄与したいです。

 守口市長も私のレストランに料理を食べに来て下さいました。スリランカ人の優秀なシェフの手で作る、日本人がおいしくいただけるたくさんの料理を用意していますので、皆さまぜひ一度来て下さい。アンチエイジングにもとても効果のあるスリランカ伝統の健康方法であるアーユルウェーダでハーブオイルのマッサージを受けることもできます。

 レストランは京阪土居商店街にあり、京阪土居駅、地下鉄谷町線、今里筋線の太子橋今市駅から近いです。連絡先は080(2401)8080、E−mail nirumini@aol.com

 (http://www.you.gr.jp/nilmini/

 (いけもと・ニルミニ、大阪市東淀川区)