澪標 ―みおつくし―

相続と一輪の紫陽花

寺西 興一
大阪府登録文化財所有者の会事務局長、
「どっぷり、昭和町。」実行委員会会長
2017年9月1日

 話は、平成元年にさかのぼる。日本中が好景気に沸き、日本が世界を制するかの勢いの時のことである。

 私は、築64年の自宅を9階建ての賃貸マンションに建て替えようとしていた。それは、毎年10%程度地価が上がっていたので、このままであれば、15年後相続が発生した時には、1・5億円の相続税を払わなくてはならなくなり、払えなければ、先祖からの土地・建物を物納しなければならなくなると突き付けられたからである。その対策としてマンションを建設し、借金をすれば、税金が軽減されるという業者からの提案があった。

 それ以外にも冷暖房が難しいことや鴨居(かもい)で頭を打つなどの不満もあった。

 そして、建築業者とも契約をし、家族8人が仮住まいまでしたが、近所の高層マンション建設反対という声で建設を中止し、元の家にもどったのである。

 役所勤めをしてきた私にとって最大の挫折であったが、このことが、私の人生の大きな転換点になるとは、当時、思ってもいなかった。

 それから15年がたち、今度は、自宅の向いの4軒長屋を賃貸マンションに建て替える計画をしていた。これも相続の問題で長屋の土地・建物は、私の姉と妹に渡すことになっていたが、姉も妹も築60年の老朽長屋を相続しても使いようがなく、他人に売るしかないということであった。

 両親は、守ってきた自宅前の長屋の土地を手放したくないという思いがあり、マンションを建て、姉と妹に引き継げば、親の希望にもかなうと思ったが、姉と妹は乗り気ではなかった。しかし、私はこれしかないと思い計画を進めたのである。

 しかし、知人の勧めで長屋が登録文化財になったため今回もマンションが建つことはなくそのままの姿で活用されている。

 長屋が登録文化財になったのが平成15年12月で、翌年の1月に父が他界し相続が発生した。自宅は私が相続し、長屋は姉と妹がいったん相続するが、それを私が買い取ることにした。

 この時、不思議なことがあった。父親の寝室に近い庭の紫陽花(アジサイ)の一輪が、お正月を過ぎてもピンクの花をつけていたのである。

 前年の6月に咲いていた紫陽花が6カ月以上も咲き続けていたことになる。父が他界して1週間ほどたち、その紫陽花が気になって庭にまわってみると、ピンクの花が枯れ始めていた。このことは何を示しているのかわからなかったが、6カ月ほどして、幸運な話が舞い込んできた。

 登録文化財の建物は、敷地も含め相続税の評価額が3割減額されるという制度が新設されたのである。しかもこの制度は、1月にさかのぼって適用されるということであり、この制度の適用第1号といえよう。長屋も、長屋としては全国初の登録文化財第1号で同じ幸運だと感じた。

 15年前、1・5億円と試算された父の相続税は、2桁も違う200万円であった。

 年末の喪中のはがきに紫陽花のことを記すと、大学の先輩から亡くなった人が大切にしていた老梅が同じように枯れたという返事をいただき、世の中には不思議なことがあるものだと思った。

 (てらにし・こういち、大阪市阿倍野区)