澪標 ―みおつくし―

能楽奮闘記(4)

水田 雄晤
観世流能楽師シテ方
2017年11月17日

 自身の結婚式、独立披露能、父の葬儀の喪主と慌ただしい日を過ごしていると、胸の鼓動に違和感を持つようになりました。「近親者との別れがストレスになり、急性な不整脈になる事がある」と、たまたま雑誌の記事を読み、気を付けなければと思いましたが検査は受けませんでした。

 能の公演でシテ(主人公)をさせていただいた後、強烈な胸痛が。その直後はまだ別の曲の地謡(バックコーラス)役があり痛みを我慢しましたが、終演後は切戸口(後見や地謡が出入りをする小さい扉)を出た所で見つからないようにダウン。あまりの痛さに夜間病院へ連れて行ってもらって受診すると、病名は「肋間(ろっかん)神経痛」で点滴を受けて帰りました。

 帰宅後も痛みは引かず、翌日の仕事を休んで近所の開業医に診てもらいました。病名は同じ「肋間神経痛」。点滴を受けて帰りました。家ではずっとエビのように丸まり、疲れで眠り目が覚めるというより、痛みを我慢している間に意識が遠のき、2時間程すると痛みで意識が戻るの繰り返しで、食事もできず水分摂取のみの3日間でした。

 胸痛が引いた後はすぐに仕事復帰。それでも不整脈が残り違和感を持ちながら生活を送りました。年末の健康診断では別に心電図検査をしてもらいましたが、「危険な脈はなさそう。気になるなら○○病院を紹介しますが」と言われ、それなら大丈夫だろうと安心してしまいました。

 1カ月後、いつもの様に着替えのシャツのボタンを留めようとしましたが、左の親指と人さし指が痺(しび)れてうまく留められません。お素人稽古をしながら午前中は左手の肘まで痺れ、午後には肩まで冷たくなり、夕方には左の頬まで痺れてきました。お稽古が終わり晩ご飯を食べる頃には麻痺(まひ)がなくなったので、そのまま就寝しました。

 翌日はシテのお役の下申合せ(リハーサル)。始まる前の楽屋話で昨日の麻痺の事を言うと、ある人に「麻痺は怖いからすぐに病院に行き!」と言われました。下申合せの後、半信半疑のまま近くの救急病院に行くと、「脳梗塞ですね。麻痺が引いた後に血栓が飛んだら次は命の保証ができませんのでそのまま入院して下さい」と言われ、頭の中が真っ白になりました。そして翌日にはさらに衝撃的な結果が出ました。

 「以前に胸の痛みはなかったですか」「ありましたが肋間神経痛と言われました」「その時に心筋梗塞を発症、心臓の一部が動かなくなり、その箇所に血のよどみが起こり、2・5センチの血栓がこびり付き、そのかけらが飛び脳梗塞になったようです。病院で就寝してても2・5センチの血栓がはがれて大動脈をふさぐと意識不明、突然死に至りますので、急ぎご家族をお呼びください」。

 第1子が生まれて1カ月、誕生後初のシテ役だと力を入れていたのに。二つの病院でも肋間神経痛って言われたのに。一カ月前の健康診断で怖い不整脈はないって言われたのに−。病室では毎日祈り、眠るのが怖く遅くまで一人で泣きました。血栓を溶かす点滴と血をサラサラにする薬を服用、2週間程で血栓が小さくなりカテーテル手術を受けました。

 結局シテ役は代役で公演していただき、約1カ月で無事に退院しましたが、舞台復帰までは2カ月のお休みをもらいました。脳梗塞の後遺症(手足の痺れや言語障害など)は奇跡的に何も残らずでしたので、病前よりも仕事に打ち込みました。

 その代償が、さらなる悲劇につながるとは知らず…。

 (みずた・ゆうご、大阪市東成区)