澪標 ―みおつくし―

能楽奮闘記(5)

水田 雄晤
観世流能楽師シテ方
2018年2月9日

 心筋梗塞の誤診による脳梗塞を発症しながらも重い後遺症も無く退院できましたが、心筋の一部は壊死(えし)、一生血をサラサラにする薬を飲み続けないといけなくなりました。

 ある公演で足首を強打してしまい皮下出血、膝から足先まで歩行困難になるほど腫れあがりました。主治医の見解は「舞台で激しい所作がある場合は1週間前より薬の服用をやめ、舞台が終わり次第服用を再開する。飲み薬の効用は徐々に下がり、徐々に回復するので大丈夫」でした。

 その処方通りに出血の恐れのある公演前後は服用中止・再開を続けていましたが、脳梗塞発症より3年が過ぎた年末年始に激しい動きのある公演が続き、服用を中止していた期間に大きな血栓が飛びました。新春公演のリハーサル後の空き時間に、自宅に忘れた携帯電話を取りに帰る前にコンビニに寄りました。買い物を済ませて車に乗りドアを閉めると、急に右手が痙攣(けいれん)し驚くほどの強さで窓やドア、天井を殴りだしました。

 あまりの異変に冷静さを失った私は段ボールを店外に出しに来た店員を見つけ助けを求めました。「はふへへふははひ」(えっ?話せない?!助けてくださいが言えない!!)。店員は私を見て(不審者?危ない人だ!)と急ぎ店内に避難してしまいました。

 車内でパニックになり腕時計を見ると既に1時間が経過、次の仕事の集合時間も過ぎておりとにかく能楽堂に行かねばと思うも、運転の仕方が分からなくなり頭の中が真っ白に。意識もうろうのまま車を発進させた後の記憶がなく、エアバッグの破裂した衝撃で意識が戻り、前方を見ると電柱に突進した車から白煙が上がってました。

 大破した車は廃車になりましたが、自身は骨折も出血もなく奇跡的に生還、救急車は二つの病院をはしごしてくれましたが、梗塞した血栓を溶かす点滴をするタイムリミットが過ぎて手遅れ、処置ができなかったようです。

 寝たきりから車椅子、一人で歩けるまで復活しましたが、ろれつが回らず言語障害が残りました。メロディーは覚えているのに歌詞が全く出てこないことを主治医に相談すると、「通常は記憶の引き出し(脳)から忘れた記憶を出す。水田さんは引き出し自体が無くなってしまったと考えてください。新たに引き出しを作り新たな記憶を詰めていくしかありません」と言われました。

 ぼうぜん自失、リハビリで能の謡(うたい)や詞章が戻ると思い込んでた故、本当にショックでしたが「後悔先に立たず」とプラス思考に転換し頑張りました。倒れてからの2年間はほとんど収入もなく、妻に家族に支えられ日常会話に困らないまで回復しました。

 そして昨年の12月28日で2度目の脳梗塞から8年が経過。今年の5月20日には父の十三回忌に合わせて能「道成寺」を披(ひら)かせていただきます。そうです、父がミイラになって帰ってきた曲、父が再チャレンジした曲、私が能楽の道に進むきっかけになった曲です。本番が無事に終わらないと夢がかなったとは言えませんが、一つ夢に近づいたと思っています。私の能楽奮闘記はこれからも続きますので、どうぞご声援ください。

 最後に、今脳梗塞で入院療養されている方へ。脳はいまだ解明されていない大きな可能性を秘めている臓器です。諦めず焦らず共に頑張って治療して参りましょう。

 (みずた・ゆうご、大阪市東成区)

 ◆水田松韻会故水田博十三回忌追善会 5月20日午後1時開演、大槻能楽堂。問い合わせは電話090(1913)5763、水田松韻会。



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