澪標 ―みおつくし―

「水都モデル」への挑戦(1) 大阪は、古来より「水の都」であった!

室井 明
NPO法人 大阪再生プラットフォーム役員
2018年3月2日

 大阪は生き残れるのか? いずれ大阪という都市は衰退していくのではないか?

 都市間競争の時代では、特色の無い都市、情報発信力の乏しい町、市民の支持を受けない街はやがて没落していく。果たして、大阪に生き残り策はあるのか?

 大阪は、古来より「水の都」である。蓄積された豊富な資産に加え、活力旺盛な市民の存在など大阪は高い潜在力を持っている。このような「水の都」のポテンシャルを生かし、水都大阪を再生させる仕組みを構築すること、いわば「水都モデル」の創出が、その回答であると私は考えている。

 かつて、大阪は上町台地が大阪湾に岬状に突き出し、今の大阪の大半は海であった。古代には、難波津から遣唐使を乗せた船が大陸に向け出発し、大阪は大陸との文化交流の玄関口となった。近世には、大坂城築城とともに縦横無尽に開削された堀川が都市の物流を支え、大阪は天下の台所と言われる。「東洋のマンチェスター」と喩(たと)えられた近代以降も、大阪は水都であり続けた。このように、「水」は大阪のシンボルでもあり、「水」が大阪の発展を支え人々や町に恵みをもたらしてきた。

 戦後の高度成長期には、多くの堀川が道路等に転用され水都の面影を失くしたが、喜ばしいことに、最近、大阪中央部の「水の回廊」を中心に「水の都大阪」を再生する活動が始まっている。例えば、2007年には「大阪シティクルーズ推進協議会」が結成された。舟運の限られたパイを奪い合うのではなく、協力してパイを大きくしようと事業者が連携した全国でも例がない組織である。大阪の船は、水陸両用バス、電気船、屋形船、小型船、ボートと種類も豊富で魅力的である。「落語家と行くなにわ探検クルーズ」という如何(いか)にも大阪らしいプログラムも人気がある。

 環境面でも、河川水質の大幅な改善に加え、河岸整備とともにブルーテントも姿を消した。八軒家浜船着場、とんぼりリバーウォーク(道頓堀川)、北浜テラス、堂島バンクスなど、親水空間の整備は目覚ましい。制度面でも、河川占用、イベント、物販行為等のルールが次々と整備され、水辺から街に賑(にぎ)わいが広がっている。

 夜には、橋のライトアップが、八百八橋といわれる大阪の風景に美しさを添え、水都における光のまちづくりの一翼を力強く担っている。また、アーティストも水都大阪に熱い視線を注いでおり、「水都とアート」という切り口も面白い。これまで、オランダ芸術家のF・ホフマン氏の「ラバーダック」、安藤忠雄氏の「中之島公園剣先噴水」、西野達氏の「中之島ホテル」、ヤノベケンジ氏の「火を噴くアート船ラッキードラゴン」など水都らしいインパクトのあるアートが数多く出現している。

 このように、ポテンシャルの高い大阪を、「水都大阪」というキーワードを旗印に、水都として蓄積された資産、市民パワー、大阪のホスピタリティ、アートの力、水と光のコラボレーション、そして大阪の強みを生かす「ブランド戦略」を機能的に組み込んだ「水都モデル」を創出し、国内外に発信していくことが、大阪再生の鍵であると考える。

 「水都モデル」への挑戦が始まっている。

 (むろい・あきら、兵庫県宝塚市)