澪標 ―みおつくし―

いのちを育む食とは何か?

鈴木 伸明
関西よつば連絡会ひこばえ取締役
2018年3月9日

 春を告げる「いかなごのくぎ煮」は私たちにはなじみ深い季節の食材です。一昔前は湧くように取れたいかなごが減少し続けています。かつては、多くの人が「わが家の自慢のくぎ煮」を作ったと聞きますが、食の風物詩も過去のものになりつつあるようです。

 いかなごの生育地は瀬戸内海に形作られた砂堆。砂堆は海面下に砂が堆積した所で内海のあちらこちらに形成されていて、豊かな生態系を育んでいました。その海域が大きな変化を被り始めたのは50年ほど前の「高度経済成長期」からです。

 海砂が建築資材として大量に採取され、2000年頃まで続けられました。無論、それだけが原因ではないでしょうが、多くの砂堆の消失が、そこを住処とするいかなごに直接的な影響を与え、大幅に減少させました。また、いかなごは植物プランクトンを餌に成長する生物で、鯛(タイ)など他の魚の餌となります。生態系を形作る根幹的な生物です。他の生き物も当然の結果として減ることになります。

 多くの生き物が生息する環境は人にとっても居心地の良い場です。長い時間をかけて形作られたそんな場を、たったの50年で壊してしまう人の活動に驚きます。壊すのは簡単でも回復は困難です。人に可能かどうかも知れず、です。食の観点からは失うことが大き過ぎます。

 経済成長は、工業第一で、一次産業を犠牲にしないと不可能であった、ということなのでしょうが、それまでの歴史にはなかった食の世界を現出させました。食品が健康被害を頻繁に引き起こす事態を発生させたのです。

 「いのちを育む食」が当たり前ではなくなり、「いのちを育む食とは何か?」を問う不幸な時代になり、私たちの事業が成立する社会となったのです。

 食の仕事を40年余り続けて思う事は、人は食材を育てる事はできても、作ることはできない。ただ消費するのみだということ。それも、消費は無限ではなく、有限だということ。それゆえ、限度を超えて自然の働きを阻害する人の行為は、人の一生を超えた時間の中で考えると、緩慢な自殺行為ではないでしょうか。増え続ける負の産物を次の世代に渡していくことになるのですから。

 成長より持続・循環がなにより大切な価値観です。次の世代に食という自然の恵みを今より少しでも良い形でつないで行くことが、なにより大切な課題です。

 近年の世界はもはや成長を望めない時代となっている、と語る識者も増えています。趨勢(すうせい)は旧態依然ですが、無理を重ね続けるとやがては大きな災禍を招きかねません。成長は破壊と同義となっている今なのです。

 少々の不便は受け入れて、持続的で、今年の恵みがまた来年も続くことに価値を置いた人の活動が積極的なものになる、社会の常識となることを願うものです。

 資源管理の必要から、自己規制しながら、細々と続くいかなご漁ですが、今もくぎ煮と出合えるのは、播磨灘にある「鹿の瀬」とよばれる数少ない海域が当該漁民・住民の力で守られたおかげです。感謝です。

 (すずき・のぶあき、大阪府豊中市)