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澪標 ―みおつくし―





 

エセック枚方(国際交流団体)代表  
松浦 登志子
2007/03/02

大きな発見の始まり

 枚方市がエセック校学生のホームステイプロジェクト、いわゆる「枚方研修」を一九九二年に始めた時、わたしは通訳・ガイドとして忙しく飛び回っていましたが、視力その他の老化現象を前にして資料調べに苦痛を感じるようになっていました。でも、フランス語とは縁を切りたくない。ですから、このプロジェクトの話を聞いた時すぐ飛びつきました。

 それから五年後に「エセック枚方」を立ち上げた時は、みんなが力を一つにして何かの企画を達成するという体験が、非常に新鮮で大きな楽しみになりました。と言いますのも、通訳はつまるところ個人営業で、時には同業者間での孤独な戦いを余儀なくされることもある職業だからです。

 そしてその後、その無邪気な喜びはもっと大きな発見−ホストファミリー側での発見と、学生側での発見−の驚きに変わります。つまり、さまざまなホストファミリーと接して、こんなにもホストファミリーは楽しめるものなのかという発見。学生の側から受けた発見は、旺盛な独立心とボーダーレスの考え方。

 今もわたしの記憶に鮮明な例があります。二週間の枚方研修を受けた学生を含む四人の男子学生が新世紀へ入るタイミングを選んで、新世紀のビジョンを世界規模で探る計画を立てました。そして、九八年十月から二○○○年一月までの一年三カ月の間、世界の五大陸にまたがる三十四地点で六十校ほどの大学を訪ねて、交流を図りながら若者の意識調査をし、本にまとめました。

 全費用は企画書を持って企業や行政を回り、賛同したスポンサーたちで調達しました。そして移動の足跡は、その当時既に、インターネットを通してリアルタイムで配信していました。わたしは世界各地からの報告を瞬時に受けながら、自分も疑似体験をしながら興奮していました。

 訪問予定地には東京も含まれており、東大と慶応が調査の対象でした。そしてある日、東京から電話がありました。「枚方のお母さんに会いたいから枚方に行きます。お母さんは話ができないので、連絡をお願いします。僕たちは寝袋で廊下で寝ますからお構いなく」と。

 そのご家庭はパン屋さんで、朝五時前から仕事をなさっていて、外国語などとはおよそ無縁のおうちでしたが、その三年ほど前に高校生の娘さんの勉強にと学生を受け入れられたことがあったのです。そういうご家庭で過ごした二週間が忘れられず、彼はこのような遠大な企画実行の途中に枚方まではるばる飛んできたのでした。

 こうしてわが家でのはた目にも感動的な再会が実現したわけですが、わたしの印象に強く残ったのは、その交流には言葉が全く必要なかったということでした。気持ちさえあればすべては通ずる、ということを目撃したことは、言葉を駆使することばかり考えての生活をしてきたわたしにとって大きな発見の始まりでした。

 エセック枚方のホームページのアドレスは次の通り。
 http://www5c.biglobe.ne.jp/ ̄essec‐h/

 (まつうら・としこ 大阪府枚方市)

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