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澪標 ―みおつくし―





 

建築家・1級建築士  
円満字 洋介
2007/04/27

笑うこま犬(3)

 こいつもいい顔で笑っている。東大阪市布施の戎(えびす)神社。境内はこどもたちの遊び場となっていた。スケッチしている間も代わる代わるこどもたちがやってくる。

 毎回、わたしはこま犬を探しながらこれを描いている。大阪の中央、西と続いたから今度は東。布施に笑うこま犬の当てがあったわけではない。当てどのない旅が好きなのだ。

 駅前にアーケードの商店街があった。幸先がいい。こうした商店街はたいてい神社へ続くからだ。笑うこま犬発見も間近と思えた。でも、丁字路に突き当たってアーケードは終わり。なぜ神社がない? わたしはこいつに出会うまで、けっこうさまよったのである。

 神社の説明書きを読んで驚いた。ここは元は都留弥(つるみ)神社という古い神社。明治十八(一八八五)年、淀川大洪水で社殿を失うが村民らが復興。その後、近隣の神社と合併し移転。昭和二十九(一九五四)年、新たに戎神社を招いたとある。道に迷うはずだ。移転によって街路と境内の関係がいったん途切れたのだ。元はもっと境内も広くて、道から鳥居が見えたはずだ。風景の焦点がぼやけているのだ。

 こいつは体長九十センチくらい。小ぶりだが、なかなかの秀作だ。風化が進んで表情が分かりにくい。よく見ると、スケッチのように笑っていた。笑うこま犬発見である。どう見ても江戸時代のものだが、この神社は昭和二十九年では? 不思議に思いながら台石の年代を確かめた。天明四年(一七八四)とある。君はものすごく古いぞ! 社殿脇に都留弥神社のお旅所がある。移転時に、お旅所の守りとして留め置かれたのかもしれない。

 風化は水没したせいだろうか。この辺りは潮位の影響を受ける。かぶった泥に塩が混じっていれば、塩害で風化が進む。淀川大洪水は大阪市とその周辺が広域に水没し、被災人口二十七万六千人。災害は風景を昔に戻すというが、ここでは古河内湖の風景が復活したわけだ。

 断っておくが、わたしは被災こま犬を選んで描いているわけではない。出合うこま犬がことごとく被災体験を語るのは、一つの地域が一つの防災単位であることを示しているからだ。風景のベースは防災にある。地域の中心的な古社寺には防災体験の厚い堆積層がある。こいつらは、その上に座りながら笑っているのだ。

 ここでもっとも興味深いのは、戎神社を招いて、いったんとぎれた風景の連続性を取り戻そうとしたこと。笑うこま犬復活である。今では、戎神社のお祭りは地域の大切なイベントとして定着している。取り戻しに成功したといえるだろう。この場合、復活したのは風景であると同時に、人の心の中の地域像というわけだ。

 こいつの頭を撫(な)でながらわたしは尋ねた。

 「おまえのマスターはいったい誰だい?」

 問いに答えず、こいつは遊ぶこどもたちを見ながらにっこり笑った。

 (えんまんじ・ようすけ 京都府向日市)

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