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澪標 ―みおつくし―





 

建築家・一級建築士  
円満字 洋介
2007/06/12

笑うこま犬(4)

 こいつは大阪府八尾市の八尾天満宮のこま犬だ。とてもご機嫌な顔で笑っている。見ているこっちもご機嫌になる。まず頭をなでてやり、おもむろに調査だ。台座の年号を調べると一七五二年。これまでの中で最も古い。特に目立った被災体験もないらしく、地元で大切にされて長生きしてきたようだ。こいつのご機嫌な顔を見ていると笑うこま犬誕生の謎が解けるような気がする。

 八尾と久宝寺は旧大和川を挟んだ双子の都市だ。二つの町の間には幅二百メートルの大和川が流れていた。大和川の付け替えは一七〇四年。旧川筋は農地となり綿花が栽培された。そして綿を作るだけでなく、布を織ることも盛んになる。河内木綿の成立だ。

 興味深いのは、この綿布を自分たちで売りさばこうとしたこと。当時、綿花の販売は大阪商人に牛耳られていたが、綿布の販売は旧大和川流域に生まれた複数のギルドが担った。中でも八尾は有力ギルドの一つだった。

 コットンフィールドの出現。木綿景気に沸く流域諸都市。これは「ハックルベリーフィンの冒険」に描かれるミシシッピ川流域の風景に似ている。八尾で生まれたとされる河内音頭とニューオリンズのデキシーランドジャズ。音楽のことはよく知らないが、どちらもご機嫌なダンス音楽であることも似ている。

 デキシーランドジャズになくてはならないバンジョー。アフリカ楽器をジャズに合わせて改良したものだそうだ。河内音頭に欠かせない三味線。これは十六世紀末に堺に伝わった中国の三弦(サンシェン)や沖縄の三線(サンシン)を改良したものという。新しい音楽誕生の背景に異文化の出合いがあったところも似ている。

 さて、笑うこま犬にふるさとがあるとすれば、それは河内木綿で栄えたこの時代の旧大和川流域なのかもしれない。こいつのご機嫌な顔は、ご機嫌な河内音頭を連想させる。こいつの原型は十六世紀に中国から伝わった獅子の造形あたりだろう。それが河内音頭の成立と同時代に浪華(なにわ)型こま犬の典型の一つとして定着したのではないか。ご機嫌な感じが共通するのは、その時代の空気だというわけだ。

 もう一つこいつを見て思うのは、彼岸への思いのようなもの。河内音頭がお盆の音楽であるように、こいつの笑いには人間界を超えたものを感じる。河内音頭を聴いているのは生きた人間だけではない。同様にこいつが笑いながら見ているものは人間には見えないのだろう。ひょっとすると人間も河内音頭でご機嫌な顔になったとき、こいつと同じ世界を見るのかもしれない。

 (えんまんじ・ようすけ 京都府向日市)
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