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澪標 ―みおつくし―





 

建築家・一級建築士  
円満字 洋介
2007/07/24

笑うこま犬(5)

 はっきりと笑っているわけではない。堂々としている。頭のてっぺんが人の背丈ぐらい。顔が大きい。よく見ると笑っていた。そうか、お前も笑うこま犬だったのか。あるとき突然そう気付いた。ここは大阪市天王寺区の大江神社。

 笑うこま犬の特徴はこうだ。平たい頭・垂れた耳・小さな奥目・低い鼻・かわいい巻き毛・そして大きな口。ここまでは浪華(なにわ)型こま犬共通の特徴。その口元がキュッと引き上がると笑うこま犬だ。本当によくできている。なかなかこうした表情はつくれない。キュッと引き上げることは石の目に逆らう彫り方なのかもしれない。

 こいつは浪華型こま犬の典型として知られている。連載初回に登場した安居神社のこま犬との共通点も指摘されている。わたしも似ていると思う。安居神社は目と鼻の先。ひょっとすると作者が同じかもしれない。笑うこま犬兄弟である。こいつの年代は一七六〇(宝暦十)年。安居神社が六二年だからこいつの方がお兄さんだ。そういえばそんな顔をしている。

 笑うこま犬の製作地はどこか。実は、前回紹介した八尾天満宮のこま犬に石工の名前と住所があった。年代だけでなく住所氏名まで分かるところがおもしろい。

 「大阪、石工、□みや(丁)、石(屋)次兵衛」

 読みづらい。丁は町だろう。ともかく大阪市内で作られたらしい。江戸時代、大坂心斎橋に石浜という石工の工房群があったそうだ。こいつもそんな運河沿いの工房で作られたのだろう。

 連載登場の笑うこま犬製作年代は一七五二年から一八四二年。百年にわたるのだから特定の誰かの作風ではなく、スタイルとして確立していたわけだ。こいつらは基本的には浪華型こま犬のスタイルと考えてよい。ただしズバ抜けてうまい。その時々の名工によって笑いは再現されてきた。

 「笑い」は陽の気を示すから、こま犬の片方が笑うのは理論的に正しい。笑っているように見えるのではなく、本当に笑っているのかもしれない。笑うこま犬は河内木綿で栄えた十八世紀後半の旧大和川流域で流行し、その後百年にわたって作り続けられたというのが今のところの結論である。

 大江神社は四天王寺を守護する毘沙門天を祀(まつ)っていたそうだ。明治の神仏分離令で毘沙門天は移転。この時がこいつの最大のピンチだったろう。しかし大江神社の鎮守としての役割は変わらなかった。今もここの夏祭りは地域にとって大事な行事だ。地域とともにあることも笑うこま犬の特徴だ。

 夏の夜、提灯(ちょうちん)に照らされてこいつは子どもたちを迎える。大江神社は上町台地のがけの上にある。眼下の大阪の街へ銀河が流れ落ちる。それを背負ってこいつはうっすらと笑うのだ。その笑いが人間界を超えていることも笑うこま犬の特徴だ。笑うこま犬はやっぱりおもしろい。そしてあなたの街にもきっといるぞ。

 (えんまんじ・ようすけ 京都府向日市)

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