来阪catch

この母にこの子あり

映画「母 小林多喜二の母の物語」 
監督 山田 火砂子
2017年4月9日

寺島しのぶに思い託す

「100歳まで映画を作り続けたい」と話す山田火砂子監督=大阪市内のホテル
「母―小林多喜二の母の物語」の寺島しのぶ(右)と塩谷瞬(手前)

 現代プロダクションを率いる山田火砂子監督(85)が撮った新作「母 小林多喜二の母の物語」がテアトル梅田で上映されている。29歳の時に治安維持法で虐殺されたプロレタリア文学の小林多喜二とその母を描いた作品で「この母にこの子あり。寺島しのぶさんに思いを託した」という山田監督に話を聞いた。

 現代プロダクションは故山田典吾さんが代表になって出来た映画俳優集団で、1953年に「村八分」を作り、以後今日まで一貫して社会派映画を作り続けてきた老舗。火砂子さんは後に監督になった典吾さんと公私共のパートナーになって映画に携わってきた。

 「夫が1998年に82歳で亡くなった。その後を受けて私が事務所を継いで、製作と監督を引き受けた。その私も夫が亡くなった時の年齢を超えている。監督7作目になる今回の作品は、今、作っておかなくてはいけないと思って撮った。それは戦争の時代を繰り返してはいけないということ」

 作家の三浦綾子さんが書いた原作の映画化。現代プロが初期のころ多喜二原作を映画化した「蟹工船」(56年)を撮っている縁もあった。「多喜二は戦前、治安維持法という法律で特高警察に拷問で殺された。戦争に走っていく時代に、それに反対して貧乏な庶民の生活を助けよと多喜二は訴えた。その多喜二を殺された母親・セキの悲しい人生の時間を描きたかった」

 多喜二に塩谷瞬が扮(ふん)し、母親のセキに寺島しのぶが起用された。「多喜二は息子を最後まで信頼し、彼を見守り、そして残酷な最後を見送った。その悲しいまでの心の叫びを寺島さんに演じてほしいとお願いしたら、とても潔く役を引き受けてくださった。女優としての彼女と、今を生きる女性として寺島さんに、映画の命のたすきを託した」

 北海道、東京などの先行公開を経て全国公開が始まった。「おかげさまで客足が伸びてきており、映画の内容が広がる傾向があるのがうれしい。多喜二という作家について知ってほしいのと同時に、母なるセキの悲しいけれどりんとした生き方を見ていただきたいと思う。真面目な寺島さんの人間としての魅力が役を通して伝わっているような気がする」

 ところで現代プロの代表作は典吾監督が撮った原爆をテーマにした「はだしのゲン」シリーズで、「これを広島で撮影していたころ、古葉監督の広島カープが全盛時代で優勝していたし、今もカープは絶好調で時代が重なる」と火砂子監督は笑みをこぼしながら「当時のスタッフの渋谷毅さん(音楽)に付き合ってもらっている」と付け加える。

 共演者はほかにセキの夫に渡辺いっけい、多喜二が助ける女性に水谷豊のまな娘である趣里、特高警察に佐野史郎、牧師に山口馬木也、セキの母に浅利香津代、駐在に徳光和夫らが共演。また火砂子監督の孫の上野神楽がセキの子ども時代を演じている。「まだまだ映画を作り続けたい。そのためにも平和な時代であってほしい」と火砂子監督は念じる。