来阪catch

30年ぶりにリバイバル

映画「ゴンドラ」
監督 伊藤 智生
2017年4月16日

不機嫌な少女の彷徨

「登校拒否の子と出会って映画を撮った」と話す伊藤智生監督=大阪・九条のシネ・ヌーヴォ
「ゴンドラ」の上村佳子(右)と界健太

 青春ファンタジー映画「ゴンドラ」(1987年、OMプロ製作)が30年ぶりに22日から大阪・九条のシネ・ヌーヴォでリバイバル公開される。今年還暦の伊藤智生監督のみずみずしいデビュー作で「不機嫌な少女の彷徨(ほうこう)」を描いた作品。「あの時代の喪失感は現代につながっている」という伊藤監督に話を聞いた。

 高校時代に円谷プロの美術部でアルバイトし、横浜放送映画専門学校(現・映画大学)の1期生として学んだ。20歳の時に森崎東監督の「黒木太郎の愛と冒険」の脚本(出演も)に参加。その後製作会社「OM(オム)」をプロデューサーの貞末麻哉子と一緒に立ち上げ自主製作で「ゴンドラ」を発表した。

 「この映画に主演した11歳の少女・上村佳子に六本木で出会って映画作りは始まった。登校拒否で小学校に行っていない彼女はある絵画教室にいて、周囲の大人を遮断し、誰も信じていないという顔をしていた。『現実はつらいだろうけど、いい時もあるよ』と声をかけた」

 少女の姿にオーラを感じ、彼女を主役で映画を撮りたいと思ったという。映画は11歳の少女・かがり(上村)が、父親と離婚して夜の仕事で働く母(木内みどり)の家を飛び出し、高層ビルでゴンドラに乗って窓拭きをしている青年・良(界健太)と知り合い、彼の故郷である東北の下北半島に一緒に逃避行するロードムービーになった。

 「バブルの時代で、都会に居場所のない2人が外に出て彷徨する物語。少女にもう一人、時代の空気に浮かれる中でひっそり生きる青年を寄り添わせた。フェリーニの映画『道』のようなイメージで、2人が東北の海の見える町をさすらう。全編、ステディカム(手持ち)のカメラで2人を追ったが、東日本大震災を経験した今見ると、当時のそれが重なって見える」

 漁師の父親(佐藤英夫)と母親(佐々木すみ江)が住む小さな海辺の家にたどり着いた2人は、近くの洞窟で壊れた舟を修理してそれで遠くの地を目指そうとする。公開当時に見た詩人の谷川俊太郎さんは「不機嫌な少女の顔はすごいもんだ。不機嫌な中年男なんて足もとにも寄れない凄(すご)みがある」というコメントを寄せている。

 「また、登校拒否だった佳子ちゃんはかがりを演じて、それだけでなく母の離婚、母子家庭、いじめ、孤立など当時の世相の裏にあったフィクションを全部背負ってもらった。痛みや悲しみ、そしてとてつもない喪失感がそこにあった。それは震災後の今の日本人につながるもののような気がする」

 映画の再公開はたまたまフィルムのデジタルリマスター版製作時に関係者から「今公開するべき作品」との声が上がって実現。「これを機に30年ぶりに映画第2作を撮る決心をした」。この空白の30年は「TJ」の名でAV監督として約1500本を撮った。「ヒロインたちのそれぞれの人生にスポットを当てたのは映画と同じだった」