来阪catch

まだ50代のつもりだが

大阪韓国映画祭特集催し参加
俳優 アン・ソンギ
2017年12月9日

子役デビューから60年

「僕が長くやっていることが後輩の見本になれば…」と話すアン・ソンギ=大阪市北区のグランフロント大阪ナレッジシアター
上映された「ラジオスター」のアン・ソンギ(左)とパク・チュンフン

 韓国の「国民俳優」といわれているアン・ソンギ(65)がこのほど行われた「第3回大阪韓国映画祭」(11月24〜26日)の「俳優・アン・ソンギ特集」に参加してトークショーを行った。「子役デビューから60年」「まだ50代のつもりだが」と俳優人生について語った。

 アン・ソンギの名前を覚えたのは1984年の「鯨とりコレサニャン」で、「第14回おおさか映画祭」で同作品がベストワン、監督賞にペ・チャンホ、主演男優賞にアン・ソンギが選ばれている。表彰式イベントが都合で中止になったが、本国でヒットし話題になった作品ながら日本ではひっそり公開された作品に同映画祭がエールを送ったことは素晴らしいことであった。

 ソンギは5歳で映画デビュー後、子役で活躍し、大学、軍隊時代を含めて約10年俳優を休業したが、77年に再デビューし、その後今日まで続いている。映画出演は全部で130本を超えている。「5歳のときに子役が足りないと誘われて映画に出て、そのとき『よかった』と褒められた。それがそのまま人生につながった」

 ここまで続けられたのは「韓国と日本のファンに愛されたからじゃないかと思っている」という。今回の特集には少し抵抗があったと明かし、「韓国ではまだ50代と思われており、年齢についてあまり指摘されたことがない。それがこのイベントでバレてしまった」と苦笑い。

 「韓国映画は70年代はまだ不幸な時代で、ニューウエーブが起きたのは80年代。その出演第1作がイ・ジャンホ監督の『風吹くよき日』だった。社会の底辺で生きる若者を演じ、大鐘賞新人賞を受賞した。それからほぼ映画一辺倒でここまでやってきた。その後日本でもニューウエーブとして認められたのも後押しになっている」

 特集で上映されたソンギ作品は「殺戮にいたる山岳」(2016年)、「祝祭」(1996年)「ラジオスター」(2006年)の3本。「一番何回も見ているのが『ラジオスター』で、パク・チュンフンが売れなくなったロック歌手で、僕がそのさえないマネジャー役だった。今日会場で皆さんと一緒に見て、ラストシーンのことを懐かしく思い出した」

 売れない中年のロック歌手とマネジャーが田舎の雨の中で、再起を期して傘をさすシーン。「チュンフンの顔のアップで終わる予定だったのだが、雨降らしで雨が降り始めたとき、僕が先に傘を開きチュンフンにさしかけた。そこがストップモーションになって映画は終わる。監督と何度も相談していたが、偶然にそれはできた」

 韓国映画の90年以降の発展はめざましく、俳優・ソンギの名も揺るぎない。「ソン・ガンホ(「シュリ」などの俳優)より僕の方が受賞の回数は多い」と笑顔でウインクする。最新作はキム・ギドク監督の「人間の時間」。日本のオダギリジョーも出演している。