日曜インタビュー

不器用だが明るく

ドキュメンタリー映画 「さとにきたらええやん」
監督 重江 良樹
2016年7月3日

笑顔になって考えて…

「子どもたちのエネルギーを見てほしい」と話す重江良樹監督=大阪・十三の第七藝術劇場
「さとにきたらええやん」の一場面

 大阪市西成区釜ケ崎にある子どもの施設「こどもの里」に集う人々の生活を追いかけたドキュメンタリー映画「さとにきたらええやん」(ノンデライコ配給)が大阪・十三の第七藝術劇場で上映されている。「みんな不器用だが明るい。映画を見て笑顔になって、そして考えてもらえれば」という重江良樹監督に話を聞いた。

■監督第1作

 −映画の監督はこれが第1作になる。

 大阪のビジュアルアーツ専門学校に入っていろいろドキュメンタリー映画を見てショックを受けた。そしてビデオジャーナリストになりたいと思った。卒業後、映像制作会社に勤めたが、フリーになり撮ったのがこの第1作。卒業制作のときに素材探しに西成・釜ケ崎に行って、通い初めて5年後の2013年から撮影を始めてやっと完成した。

 −その舞台が西成・釜ケ崎の「こどもの里」だった。

 「西成・釜ケ崎=危険な街」という世間一般の偏見を持っていたが、ここへ来て「こどもの里」の玄関から半裸ではだしの子どもが2人飛び出して来て、嵐のように中へ戻って行った。何事かと思って中に入って館長の荘保共子さんに聞いた。「なぜここで子ども施設を?」と言うと、「子どもが好きやからです!」と一蹴された。2008年のことだった。

 −5年間通って、映画にするきっかけは?

 「こどもの里」に通うようになって、何でそうなったのかを考えると、一緒に遊んだら楽しいし、子どもたちがみんな明るいし、僕は「元気をもらっている」と思った。何よりも笑顔になれた。仕事やプライベートでごちゃごちゃしているときもここへ来れば、里の子が有り余るパワーで僕の頭をスコーンと空っぽにしてくれ、笑顔にしてくれる。そして彼らに接していると、みんな悩みを抱えており、それでも親や他人を思いやる優しさを持っていた。

■3人の子ども

 −3人の子どもたちがみんな優しい。

 自分の大切な場所で、大好きな子どもたちを撮るからには中途半端にはしたくない。それで構成も考えずに半年かけて何でも撮っていたが、その映像を親交があった小谷忠典監督に見てもらったら「カメラと人物が遠い」と言われた。それからは相手が嫌だと言わない限り適切な距離で撮るようになった。3人の子どもたちは自然とその中心になっていった。

 −5歳のマサキ君、中学生のジョウ君、20歳のマユミさん。

 マサキ君は一時宿泊する子で、お母さんが育児に悩みがあり時に手をあげることがある。ジョウ君は軽い知的障害があるのを気にしているが、通いで遊びに来る子で、けんかもするが明るい子。もうすぐ里を卒業のマユミさんは近くに住む母親と一緒に暮らせず里に身を寄せているが、実は母親のことが大好きな子。時々、母親が会いに来るが、彼女も不器用に生きているのが分かる。

 −その3人の話す言葉がすてきで、明るいのでホッとする。

 マサキ君は自転車が大好きで毎日のように練習するが、うまく乗れないで悩んでいる。それができるようになって、堂々と里の周囲を走るシーンはなかなか感動的だった。ジョウ君が家族の話をするときの真面目な顔にほっこりさせられる。マユミさんは就職が決まり、母親に祝福され涙ぐむときはちょっぴり切なくなる。

 −館長の荘保さんが倒れる場面で緊張感が走る。

 デメキンというあだ名がある荘保さんはこの施設が作られた38年前からここで働き、大阪市の「子どもの家事業」廃止を受けて、あらためてNPO法人を設立し現在もここを続けている。その彼女がくも膜下出血で倒れるが、奇跡的に回復する。大人の職員はもとより、子どもたちの祈りが通じた。みんな不器用だが明るい。映画を見て彼らの笑顔にまず接していただいて、何か心に引っかかるものがあればそれを考えてもらいたい。

 しげえ・よしき 1984年生まれ。大阪府出身。ビジュアルアーツ専門学校大阪卒業後、映像制作会社勤務を経てフリーに。2008年に西成の「こどもの里」にボランティアとして入ったことがきっかけで13年から撮影に。音楽は地元のラッパー、SHINGO★西成で「子どもたちは曲にノリノリだった」。