日曜インタビュー

悲しみよりも怒りが

ドキュメンタリー映画 「いしぶみ」 監督 是枝 裕和
2016年7月31日

広島二中321人全滅の記憶

「学校の先生の視線を加えた」と話す是枝裕和監督=大阪市北区のビジュアルアーツ大阪校
「いしぶみ」の綾瀬はるか=(C)広島テレビ

 1945年8月6日、原爆投下で旧?・広島県立第二中学校1年生321人が全員亡くなった。犠牲になった彼らの言葉を朗読劇でつづったドキュメンタリー映画「いしぶみ」(広島テレビ製作・配給)が8月6日から、大阪・十三の第七藝術劇場で公開される。「あの時の生徒全滅の記憶に、悲しみよりも怒りを感じる」という是枝裕和監督に話を聞いた。

■朗読劇のリメーク

 −戦争映画を撮ったのは初めて。

 一昨年、1969年に広島テレビで作られた「碑(いしぶみ)」のDVDを見せてもらった。広島出身の杉村春子さんの朗読劇で、321人の生徒たちがどう死んでいったかを、親や家族、先生など生き残った人たちにインタビューし、生徒が死ぬ前に書いた作文なども入れて、映画監督の松山善三さんの演出で実相を浮かび上がらせている。あれから約半世紀で、局からそれをリメークしたいという話をいただいた。

 −今度は同じ広島出身の綾瀬はるかさんの朗読で。

 綾瀬さんは「海街diary」という映画に主演してもらって、役者としてタフな人で喉が強いし、体感が強くブレないというところがある。前作の杉村さんは「母親」の視点が強かったが、綾瀬さんには先生の視線も託せると思った。広島二中の1年生321人全滅の記憶を語るとき、母親の視線はあまりにも悲しいし悔しいが、先生という立場は被害者であると同時に、助けてやれなかったという加害者的な責任感もある。その視点は悲しみよりも怒りの方が大きい。

■「1、2、3…」

 −斬新なセット。

 生徒たちの死にざまを語る中で、セットでは薄褐色の段ボール箱が散在し、そこに生前元気だった生徒たちの顔が映る。演劇の美術家である堀尾幸男さんのアイデアで作ってもらって、その箱が川になり、ひつぎになって碑になるように抽象的に表現した。それが70年前に起きたことを今に伝える方法に適合していると思った。生徒たちは建物解体作業をするため、本川の土手に朝集合し、先生の点呼で「1、2、3…」と言っている時、500メートルの上空で原爆はさく裂した。

 −その模様を想像させる導線。綾瀬さんの語りと重なっている。

 ただ、今回はリメークなので、前作になかったものを取り入れようと思って、原爆を落とされた側の子どもだけでなく、落とした側はその朝何を食べて、どういうふうに飛行機に乗ったのかという話を入れて被害体験を相対化したいと思った。それを池上彰さんに別取材でやってもらっているが、ほかに321人の中で、転校していたり、具合が悪くて建物解体に参加しなかったことで生き残った生徒がいたことなども足している。

 −先生の娘さんの証言もある。

 1年生の担任だった先生の娘さんは「生き残ったことが苦しい」と言われる。そして生き残った自分が亡くなった彼らのために何ができるかだけを考えて今日まで生きてきたという。その辺の生き残ってしまった側のその後の「生」というのは僕が劇映画でやっているテーマでもあることに気付かされる。

 −原爆のことを考えた最初は?

 僕は映画「二十四の瞳」や「はだしのゲン」など。それとやっぱりテレビのニュースやドキュメンタリーに興味があり、今回の「いしぶみ」も最初はテレビ局の番組で放送するものだったのでお引き受けした。放送は昨年の夏に行われたが、映画は再編集して純度を高めることができたと思っている。塚本晋也監督が「野火」を作ったように、戦争の映画は今もっとやらねばならないと思う。

 −次回作は?

 外国に行くと、日本の映画は「政治」と「社会」がないとよく言われる。今度は法廷劇をやりたい。死刑制度の問題もやりたいし、阿部寛さんと「歩いても、歩いても」「海よりまだ深く」に続く「良多」シリーズ3本目もやりたい。

 これえだ・ひろかず 1962年生まれ。東京都出身。早大文学部卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリーを手がけ放送賞多数。95年に「幻の光」で映画監督デビュー。第4作「誰も知らない」(2004年)ではカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を柳楽優弥が史上最年少で受賞。「そして父になる」(13年)でカンヌ審査員賞受賞。ほかに「海街diary」「海よりもまだ深く」など。