日曜インタビュー

戦友と一緒に戦った

映画「真田十勇士」
主演 中村 勘九郎
2016年9月18日

腸腰筋鍛えたアクション

「大阪城で撮影できたのもうれしかった」と話す中村勘九郎=大阪市中央区の読売テレビ
中村勘九郎(右)と加藤雅也=(C)2016「真田十勇士」製作委員会

 歌舞伎の中村勘九郎が猿飛佐助に扮(ふん)して大暴れする時代劇映画「真田十勇士」(松竹配給、堤幸彦監督)が22日から、大阪ステーションシティシネマほかで全国公開される。「腸腰筋を鍛えて、十勇士の戦友と一緒に戦った」という勘九郎に撮影の裏話を聞いた。

■佐助は変幻自在

 −猿飛佐助は昔から少年があこがれる忍者ヒーロー。

 昔は少年が「忍者ごっこ」などをして、佐助はとても人気があったし、僕も憧れた一人だった。ドラマや映画、小説などいろいろ読んだこともあるが、今の時代でいえばテレビでやっている「戦隊もの」などがそれに当たるのかもしれない。佐助は刀を持って飛んだり跳ねたり、変幻自在だ。

 −2年前に舞台でやったのが最初だった。

 その舞台の演出が映画監督の堤幸彦さんだったので、「映画でもやりましょう」と言ったのが実現した。今年はNHKドラマ「真田丸」があって真田イヤーといわれており、この企画はこちらが先だったので、その意味でも映画公開と同時に舞台の再演も東京と西宮(兵庫県立芸術文化センターで10月14日から)で行って気勢を上げたい。

 −堤監督と共演者も大体一緒になっている。

 舞台は3時間、動き続け、しゃべりっぱなし。終わったら体重が4、5キロ減るくらいだった。映画もアクションは多いが、もっとリアルに深くやっている感じ。堤監督は舞台よりは軽くテンポ良く話を展開しており、舞台前半の十勇士が集まるくだりはアニメで紹介し、佐助が出会った戦国の武将・真田幸村(加藤雅也)が実は腰抜けで、それを承知で十勇士が本物の武将に仕立て上げる話を面白く見せる仕掛けになっている。

■明るく朗らか

 −うそを突き通したら、それは本物になるという話だ。

 マキノノゾミさんの脚本が面白い。佐助は少年漫画のヒーローで、戦いになると目の色が変わり、明るく朗らかでストレスがない。僕は座長のような立場だったが、霧隠才蔵の松坂桃李さん、火垂の大島優子さんらが撮影現場で文字通りの一緒に「戦友」になってくれて戦ったので、プレッシャーもなくやることができた。

 −本当に戦闘で火だるまになるシーンがある。

 あれはアクション監督に僕から志願してやった。和歌山に建てられた大きな真田陣屋(真田丸)での撮影で、本当の戦場に行った感じがあったのでその気になった。マネジャーから止められたが、何とかこなした。カツラも燃えたが、体は大丈夫だった。撮影中に失敗して「熱い」と言ってもそのまま撮ると言われていた。その時はスタッフから「死ね」と言われているような気がした(笑)。

 −大阪城ロケも行われた。

 十勇士が幸村を伴って大阪城に入るシーンを撮った。何しろ、大阪城が本物なのでタイムスリップした感じ。緊張感というか、自分が本物の佐助になっていたし、十勇士のほかのメンバーも目つきが真剣だった。佐助は捨て子で、親の愛に飢えており、幸村を父親だと思っているのじゃないか−そう解釈すると目からうろこで、舞台とは違ったモチベーションが生まれたような気がする。映画の深さはその辺にもある。

 −若者が命がけで幸村を本物にする戦いに参戦する。

 歌舞伎でも「近江源氏先陣館/盛綱陣屋」でそういう話があるので、うそのつき方は歌舞伎に似ていると思った。佐助がプロデューサーになって、幸村伝説を作り上げる。それが映画のクライマックスにあると思う。映画は舞台ではできないぜいたくなセットと爆発仕掛けの派手なアクションがあるし、とことんやりきった感がある。

■舞台は3D版

 −次は再演の舞台になるが。

 とにかく、映画の撮影中、たばこを控えたり、ジムに行ったりして腸腰筋を鍛えて臨んだ。これをいかに持続させるか。映画で覚えた感情を、思い出しながらやりたいし、堤監督のさらにパワーアップした演出にかけたいと思う。舞台は生だから映画の3D版という感じ。しかし、これだけ長く続けて一つの役を演じることはなかったので、思い入れが強くなるのは仕方がない。

 なかむら・かんくろう 1981年生まれ。東京都出身。十八代中村勘三郎の長男で、86年「近江源氏先陣館/盛綱陣屋」で初舞台。翌年に勘太郎を襲名し、2012年に父親の前名の勘九郎六代目を襲名。文字通り歌舞伎の大看板を担う。09年に女優だった前田愛と結婚し、2人の男児がいる。女方の七之介は実弟。屋号は中村屋。