日曜インタビュー

薄幸だが魅力的な少女

アニメ映画 「この世界の片隅に」
監督 片渕 須直
2016年11月6日

タンポポと戦艦大和

「ヒロインが歩いて来た道を描きたかった」と話す片渕須直監督=大阪市西区の新通ビル
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 こうの史代(ふみよ)のコミック原作をアニメ映画化した「この世界の片隅に」(東京テアトル配給)が12日から、大阪のテアトル梅田ほかで全国公開される。第2次大戦中を生きた18歳の花嫁を描いた作品。「薄幸だが魅力的な少女」と「タンポポと戦艦大和」が描きたかったという片渕須直監督に製作裏話を聞いた。

■マイマイ新子

 −前作「マイマイ新子と千年の魔法」は山口県が舞台で、今回は広島県に。

 「マイマイ新子−」は高樹のぶ子さんの自伝的小説が原作で、山口県防府市が舞台になっていて、10歳の少女・新子が1955(昭和30)年頃同地で過ごした話だった。高樹さんの原作にあの時代の空気感がリアルにあって、映画もそれにこだわって描いた。その新子の母親がかわいい人で、彼女はどういう時代に青春を送ったのかということが気になっていた。そのことが今回の原作のヒロインと結びついた。

 −今回は戦争の時代が重なっている。

 主人公の北條すず(声・のん)は、広島県生まれで、18歳のときに呉市の北條家に嫁いでおり、戦火が厳しい時代の中で生きた人。小さいころからおっとりして「ボーッ」としていた女の子だったと両親が言う。そんなすずが18歳のときに軍港として知られた呉の街に嫁ぎ、果たしてどう生きていくのか。ドキドキするような気持ちで、あの時代を生きたすずを追いかけた。

 −少し危なっかしいが、一生懸命生きていく。

 これまでテレビ作品も含めて多くのアニメに携わってきたが、自分が本当にやりたいと思って作ったものはこの作品が初めて。原作の中のすずが、呉の街の山あいから海を行く戦艦大和をどう見たのだろうか。そして絵を描くのが好きだったすずはその風景をどう切り取っただろうか。そのために、原作に描かれた世界を再検証し、脚本にした。

■心の中のせりふ

 −すずの声を演じたのん(前名・能年玲奈)がとてもキャラクターに合っている。

 事前に彼女の声を聞いて、すずの性格にすごく合っていると思ったし、彼女しかいないと思った。すずは18歳で嫁に行って、何も知らないだろうと思ったら、結構しっかりしているところがあり、いろいろ驚かされる。それを自然な感じで表現してくれた。それにユーモアがあって女っぽい。一人の人間として演技ではないものを発散し、ここまでハマるかという感じがした。「心の中のせりふ」が飛び出してくる。

 −13〜18歳のすずもかわいい。

 広島の実家で両親や妹と暮らしていて、妹よりもボーッとしているが、しっかりした面も内に秘めている。そのころ何をしていたかが、結婚してからの彼女の行動につながっている。のんさんの声の録音はガンマイクで拾ったので、息遣いが伝わってくるし、台本にない音が聞こえてくるような気がした。

 −すずが夫の周作と山あいから海に入港する戦艦大和を見るシーンはドッキリする。

 戦艦大和は当時、いつどこで何をしていたのかを調べ、1944年4月17日に呉に入港したことが分かり、そこから当日の天気なども調べ、その場面の絵柄を作っていった。広島の中島新町の風景は33年頃の写真や資料を探して、再現するなど時間がかかった。すずが呉で空襲に遭うシーンは45年3月19日。その日、すずは義姉の娘の晴美と悲劇的な出来事に遭遇する。

 −その後に原爆投下のシーンがある。

 すずの生活の対局に戦争があるので、普通の毎日の生活の素晴らしさが浮き上がってくる。たとえば、すずが夫の周作とチュッとキスするシーンが2回ある。初々しい花嫁でもあり、戦時中といっても、そういうことも生活の日常であったはずで、それを象徴するシーンになった。すずが魅力的な女性で愛しくなる。

■生きる希望も

 −戦争のない時代だったらどんなによかったかと思わせられる。

 すずたちが山あいから海に浮かぶ戦艦大和を見るとき、その膝もとにはタンポポが咲いている。平凡な主婦のすずと、戦争が同次元に存在しているのは、実に違和感があるが、あの時代の悲しさを見ると同時に、つかの間の「生きる希望」がのぞいている。それが人間の生活のような気がする。

 かたぶち・すなお 1960年生まれ。大阪府枚方市出身。日大芸術学部在学中に宮※駿監督の「名探偵ホームズ」に脚本家として参加。「魔女の宅急便」で演出補に。TV「名犬ラッシー」(96年)で監督デビュー。長編「アリーテ姫」やTVシリーズの作品多数。「マイマイ新子と千年の魔法」(2009年)がロングランヒット。NHKの復興支援ソング「花は咲く」のアニメ版(キャラクター・デザイン=こうの史代)の監督も。
※は山竒