亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

北区西天満・中央区北浜間「難波橋」

2016年7月30日

天神祭に見とれた地獄の鬼

「うおー、ごちそうの山じゃあ」イラスト((C)合間太郎)

 先日の天神祭はにぎやかな船渡御や花火で盛り上がった。毎年、この日を心待ちにしている大阪人は多い。しかし、祭を楽しみにしているのは人間だけではない。閻魔(えんま)に許しをもらって祭見物に来た地獄の獄卒ども。そう、鬼もいるのである。

 おそらく江戸か明治の話と思う。鬼どもは難波橋の下に船をつないで、初めての天神祭に見とれた。水面に映った花火や趣向をこらした船が続々と通り過ぎ、殺風景な地獄ではお目にかかれない風景に酔いしれる。そりゃあ日頃、川と言えば三途(さんず)の川、女と言えば脱衣婆(だつえば)や暗い顔の亡者ばかり。そんなのを見慣れているのだから、天神祭の威勢の良さと華やかさは驚きと感動の連続だったろう。

 そんな鬼に気づいた男が、親切心で声をかけた。「鬼さん、せっかくの天神祭やのに、何も食べん、飲みもせんと、そりゃちとさびしいやないか。どや、せんべいとお茶あげよ」。すると鬼たちは「いらんいらん。あの橋見とったらものすごい人だかりや、今にドスンと橋が落ちよる。そしたら、ぎょうさんの人が土左衛門になりよるから、せんべいなんかいらん。今にここをごちそうが流れてくるわい」。

 なるほど、そういうことか、と妙に納得したというお話。

 鬼が出てくる滑稽話は江戸時代に草双紙として多数出版された。すでにもう江戸では、鬼は畏怖の対象ではなく、現代のマンガに通じるキャラクターになっていた。この天神祭の鬼たちも、すでに見物人が恐れる対象ではなくなっていたようだ。

 鬼が出てくる天神祭と言えば、伊賀上野で行われる鬼行列だ。伊賀は当然、忍者のふるさとなのだから、山中の鬼と縁も深い。毎年、泣く子が続出という。その点、大阪は鬼がにらみを効かせてもなかなか人は怖がらない。町のにぎわいと人々の活気に、ぽかんと見とれる鬼たちの姿が目に浮かぶ。きっと土左衛門にもありつけなかったにちがいない。

(日本妖怪研究所所長)

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