亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

南河内郡太子町山田「竹内街道」

2016年11月19日

「お婆さん、お帰り」

「はい、おみやげ」イラスト(C)合間太郎

 これは、南河内郡太子町山田に伝わる心あたたまるお話。

 日本最古の官道と言われる竹内街道は太子町を通っている。街道周辺の風情ある街並みは今も残り、古いお地蔵さんも多く、地元の人たちが大切に守っているのがわかる。

 そんな中に小さな橋があり、下を小川が流れ、橋のたもとには、一人のお婆(ばあ)さんが住んでいた。このお婆さん、人に好かれるのであちこちからお声がかかる。洗濯や炊事はもちろん、ちょっとしたお使いや子守まで頼まれる。お婆さんも働けるのがうれしくて、出かけては日暮れになって帰る毎日。

 そんなある日、ふと見ると、橋のたもとに顔のあさ黒い小男が立っている。前を通ると「お婆さん、お帰り」と声をかけてくる。なんとも不気味な雰囲気に、ちょっと怖くなってお婆さん、返事もせずに家に入る。

 それから毎日、小男は同じ場所に立つようになり、決まって「お婆さん、お帰り」と声をかけてくる。お婆さんはもちろん、さっさと無言で通り過ぎる。

 幾日か過ぎた頃、ひょっとして昔の知り合いかと、思いめぐらしてみると思いあたるのがひとつだけあった。橋の下の狸(タヌキ)に、残ったにぎり飯をあげたことを思いだしたのだ。

 「そうか、あのときの狸か」ということで、それからお婆さんは小男に「はい、おみやげ」と言って、竹の皮に包んだ食べ物を渡すようになった。狸もうれしそうな顔で、お婆さんを見つめる。

 でも、この二人、交わす言葉は毎日「お婆さん、お帰り」「はい、おみやげ」のひと言ずつ。ただそれだけのことだが、狸に会うのが楽しみになり、お婆さんは、とても幸せな気持ちになったという。会話が少なくても、心のかよう、ほっこりしたお話である。

 (日本妖怪研究所所長)