亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

中央区備後町・安土町

2017年5月9日

ひょうひょうと異界に消えた男

「屋根に天狗か六兵衛か」イラスト(C)合間太郎

 江戸時代に備後町から安土町にかけて、今のペットショップのような鳥を扱う店が多く、俗に「鳥屋町」と呼ばれていた。その中の河内屋の息子、六兵衛は子どもの頃に両親を亡くし、叔父で呉服屋の七郎兵衛が育てた。ある日、その六兵衛がいなくなってしまう。七郎兵衛が店の面倒を見て2年たち、ようやく帰ってきた。帰るなり何も言わずに仕事を始めると客がどんどんやってくる。新規の商談も決まって大阪でも屈指の鳥屋となった。

 ところが、またふらっといなくなる。七郎兵衛は、これだけの鳥屋をつぶすわけにもいかず、呉服屋をたたんで鳥屋を引き継いだ。そして7年たったある夜、バサバサと大きな羽の音がするので外に出てみると、なんと屋根の上に六兵衛が立っているではないか。

 屋根から下りて布団に入ると8日目に起きだし、けろっとした顔で「おじさん、今年は日照りで米ができん。今のうちにできるだけ米を買い占めよう」と言い、店も処分して米を買う金にあてた。すると彼の言うとおり米の値段がうなぎ上りになり、その後も六兵衛の予言はなんでもかんでも的中するので、次々と人が押し寄せ、それもまた繁盛した。

 その頃から人は六兵衛のことを「天狗(てんぐ)の六兵衛」と言うようになる。「天狗でないとああは当たらん」「七郎兵衛が天狗の羽音を聞いたそうや」と、人々がうわさし始めたのだ。そして、ある年の大みそか、「七郎兵衛おじさん、店を二つもつぶして悪かった。かんにんやで」と言い、びっくりするような大判小判を置いていく。明けの正日、「ちょっと年始まいりに行ってくる」と言ったきり、今度は本当に帰ってこなくなった。

 天狗にさらわれた少年と言えば「仙童寅吉(せんどうとらきち)」が有名である。国学者の平田篤胤(あつたね)が取材して『仙界異聞 仙童寅吉物語』を1822(文政5)年に出版した。しかし寅吉は行方不明になることなく、晩年は風呂屋の主人になった。六兵衛の異界での暮らしの記録はない。

 (日本妖怪研究所所長)