亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

豊能郡能勢町

2017年6月19日

異国の大虎を倒した忠犬

「秀吉も感心した犬と虎の死闘」イラスト(C)合間太郎

 秀吉の朝鮮出兵の際、後藤又兵衛が大虎を生け捕りにして日本に持ち帰った。それを見た秀吉はたいそう喜び、虎の世話を家来の薄田隼人(すすきだはやと)にまかせた。しかし、虎は生きた獲物しか食べない。そこで野犬を与えてみると、犬どもを頭からガリガリと食べてしまう。秀吉は、その様を見るのが毎日の楽しみとなったが、野犬も毎日のことなので数が減ってきた。そこで隼人は仕方なく、飼い犬を差し出すように「犬御用」の回状を各村に通達したのだ。

 そんな頃、摂津国の能勢村に九蔵という15歳の少年が犬の白といっしょに山で狩りをして、病気の母を助けながら暮らしていた。名主の甚兵衛がある日、九蔵の家に行き、この能勢村から犬を差し出すように、という知らせが届いたと言う。なんとか白だけでも残してほしいとお願いしても、役人は聞いてくれない。甚兵衛は事情を説明し、どうか白を渡してほしいと言い、九蔵は仕方なく差し出すことにした。

 さて、能勢村の白と虎の対決の日である。白は虎の前でも臆することなく、うなり声をあげてにらみつけている。飛びかかると大虎ののど笛に食らいついた。いくら爪でひっかかれ、ずたずたにされても口を離さず、ついにどうっと大虎を倒し絶命させた。しかし、白も虎に食いついたまま死んでしまった。

 秀吉はそれを見て「これぞまことの剛犬。主を調べてほうびを取らせい」と言い、それが15歳の少年とわかると、「飼い犬におとらぬ勇ましい子に違いない。隼人、召しかかえてみる気はないか」と勧め、隼人は九蔵に犬塚という姓と百石を与え、侍として取り立てたのである。この白を葬った犬塚は今もあるらしい。写真では見たことがあるが場所が特定できない。もし、ご存じの方がいらっしゃれば、ご一報をお願いしたい。

 (日本妖怪研究所所長)


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