亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

泉大津市

2017年8月28日

因果を知らず、麦畑が火の海と化す

「熱い、熱い」イラスト(C)合間太郎

 和泉国和泉郷下痛脚(あなし)村(現在の泉大津市)に一人の若者がいた。悪い男で人のいやがることをし、いつも野山を歩いては鳥の卵を見つけて煮て食べていた。754(天平勝宝(てんぴょうしょうほう)6)年の春3月のこと、見知らぬ兵士が若者の家に来て「国司の役人のお召しだ」と言って若者を無理やり連れて行った。たどりついたのは山直(やまたえ)村の麦畑。兵士は力まかせに若者をその中に押し込んだ。畑の広さは1町(約1ヘクタール)あまり、麦が2尺(約60センチ)ばかり伸びていて、見るとまたたく間にあたり一面火の海となり足の踏み場もない。

 若者は「熱い熱い」と叫びながら畑の中を走り回った。それを見た山人が何事かと畑の垣根から若者を引きずり出した。若者は気を失っていたがしばらくして「足が痛い」と言う。どうしたのかと聞くと、「一人の兵士が私を連れてきて、火の中に押し込んだので、足が煮えるように焼けてしまった。四方は火の山で出るすきもないので走り回ったのだ」と言う。そこで袴(はかま)を上げてみると、足の肉は焼けただれ、骨だけでつながっている。しかし、山人がいくら見ても、そこはただの麦畑であった。

 その後、若者は1日して死んだ。灰河(けが)地獄に落ちたのだろうと『日本霊異記』は言う。『日本霊異記』は、仏教の教えを民衆にわかりやすく説いた説話集である。仏教は本来、食肉を禁じているので、殺生に関してこのような話が多い。

 また、痛脚という地名が気になる。その名は「足を痛めて引きずる」という意味を持つ。現在の泉大津市豊中町には泉穴師(いずみあなし)神社があり、穴師とは穴の中で働く人、岩穴の中で鉄鉱や砂鉄を掘る人のことで、危険も多く、足を痛めてけがや病気になる人も多かったことだろう。穴師に足のけがが多いので、痛脚(痛足)とも表記したのだと思う。この話は『今昔物語集』にもある。

 (日本妖怪研究所所長)