亀井澄夫の妖怪不思議千一夜

池田市渋谷

2017年11月20日

餅好きの住職とひげの大狸

「うまそうやな、ひとつもらうで〜」イラスト(C)合間太郎

 本来、噺(はなし)家は人情噺、怪談噺、芝居噺、音曲噺、滑稽噺などがしゃべれて、一人前の噺家と言われた。今では噺家と言いつつ、落語(滑稽噺)しかできない芸人も多い。特に大阪は滑稽噺の需要が多いせいか、大阪発祥の怪談がほとんどなく怪談噺が手薄である。陽気な大阪人には「呪い」「うらみ」「執念」などは似合わない、ということなのか。四谷怪談、牡丹灯籠、累ケ淵などはすべて江戸で、番町皿屋敷も江戸、播州皿屋敷は姫路である。

 これは、かねがね大阪人の特徴と思っている。それでも怪談っぽい話を大阪人はきらいではない。執念深い怪談話は好まないが、狐(キツネ)や狸(タヌキ)のユーモラスなプチ怪談は好きである。町や山や畑など、いたるところに狐や狸の話は多い。

 今回は、池田市渋谷に伝わる狸の話である。渋谷に昔、小さな寺があってそこの住職は大の餅好き。毎晩、餅を焼いて食べるのが楽しみであった。ある夜、いつものように餅を焼いていると、ひげだらけの男がひょっこり現れて「ええ匂いやなあ、わいにもひとつくれへんか」と言う。住職が気分よくひとつやると、「おおきに」と大喜びして帰って行った。

 それから毎夜、そのひげの男がやってくるので、餅をひとつやるようになった。ある夜、住職がふと見ると、男の影に尻尾がはえている。「はーん、こいつ、裏山の狸やな」と気づいて、ちょっとからかってやろうと、次の夜は餅のかわりに石を焼きながら待っていた。ほどなくひげの男が現れたので、「それっ」と焼けた石を箸で投げると、男はパクッと食いついた。「あちちちち……熱い熱い」と、ころがるうちに大狸の正体を現した。真っ赤な顔の大狸は、捨てゼリフに「よくもだましたな。これからは渋谷の餅はみんな石にしたるからな」と言って帰っていった。

 それからというもの、渋谷の餅はどの家でついても、かたくて食べられなくなったそうだ。

 (日本妖怪研究所所長)


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